第5話 魔法使いに会う

 悲しみに暮れる一家の元を去ることになったのは、半年以上たったある日の事だった。私は、懐妊するはずもなく、帰る見込みがなくなったオリバーを待ち続ける生活に終止符を打つことになった。一家は大切な息子を失った悲しみが癒えぬまま、私を憐れみの眼で見つめ送り出してくれた。当の私は、言われるがままにオリバーの妻となったものの、たいして交流もなかったのでそれほどの悲しみはなかった。大好きな研究の半ばで命を絶つことになったオリバーは気の毒ではあったが。


 実家でも、父親が自分の言いつけに従ったがゆえに、毎回結婚がうまくいかなかった娘に対して申し訳なさそうな態度を取り、それもかえって気の毒だった。身分の高い人たちから命ぜられるがままに申し出を受け入れ、娘に三度も傷を負わせてしまったと自分たちの不運を嘆いていたからだ。


 私は、親の言うことを聞き真面目に習い事をし、道に外れたことなど何一つしていなかったと自負していた。今までの私はそうだった! でも、私の心は限界に来た。もうだめだと、サイレンを鳴らしている。


 そして私のとった行動に、家族全員が面食らってしまった。暫く旅をしてきます、とだけ書置をして、家を出た。何もないと、誘拐でもされたのかと心配をかけてしまうと一応配慮したつもりだ。


 私は、当座の着替えとお金を持った。どこへ行こうという当てはなく、当然のことながらいつまで家を出ようとか何をして生活しようなどという計画などもなかった。何もなかったら、夜までにそっと家に帰ろうと思っていた。


 言い伝えにある魔法使いが住むという森の中へ入り、何か良い方法がないか聞いてみようと思いついた。な~に、これ以上悪いことなど起こるはずがない、とやけくそな気持ちもあり迷うことはなかった。そこで魔法使いに出会えなければ、引き返せばいいのだと早朝出かけた。


 平坦な道ばかりではなかったが、これも今の生活を変える為ならば、と苦にはならなかった。自分で自分の勇気に驚いていた。しかし、この行動は別段自分にとっては驚くべきことではないのだと、過去の出来事を振り返り正当化した。

 歩くことしきり、足の疲れと空腹感から休憩しようと、切り株に座り持参したサンドウィッチを食べた。まだまだ先へ進めそうだ。体が温かくなってきたのがわかる。


 魔法使いは洞窟に住んでいるらしい。噂で聞いたことがあった。この山に洞窟はそれほど多くはない。一つ一つ当たって行けば、どこかにいるかもしれない。いることを信じて、暗い洞窟を探しに歩いた。一つ一つ見て回ったが、なかなか魔法使いと遭遇することが出来ず、次第にいてもいなくてもどちらでもいいような気持になってきた。


 もうそろそろ今日は終わりにしようと思っていたころに、その人は……いた。

人という表現はおかしいかもしれない。魔法使いは、お決まりのように杖を持ち、真っ黒なローブをまとい顎は細く鼻は尖っていた。どうやら、年配の女性のようだ。

 いかにも魔法使い、生まれた時から魔法使いだったに違いないというその御方は、私を見るなり、自分に用があって会いに来たのだということをなぜか察していた。


「何かお困りのようだな。力になるぞ」


 私がよほど困った表情をしていたのだろう。流石魔法使い、話が早い。


「お助け下さい。私は、何度結婚してもうまくいきません。いえいえ、結婚する前に一人目は亡くなり、二回目からは婚約を破棄され、三回目は結婚してから夫が行方不明になったのですが」


「そんなことぐらいでめげるでない! 四回目の結婚相手を探しているのか?」


「もう結婚はいいです! 私は、向いてないんじゃないかなと思って。それ以外の事で何か人生の目的が欲しくなったんです」


「ふ~ん、深いなあ。しかし、ちっとも具体的じゃない。人生の目的を魔法で見つけられると思ったのか」


「抽象的過ぎてダメですか。……では、私に新たな出会いと、今度こそ愛を与えてください。努力はいといませんから」


「ちょっとは、具体的になってきたな。それでは教えてあげよう」


 彼女は、杖を地面に突き立てて何やら呪文を唱えだした。呪文を唱える声はどんどん大きくなり、地の底から何かを呼び出すような仕草さえするようになった。 きっと地の底からお告げが聞こえてくるのだろう。彼女は五感を研ぎ澄まし、それを聞こうとしているように私には見えた。きっと効果は絶大なものだろう。彼女の動きが止まり、閉じていた眼と口が開いた。


「ここから南へ向かって進むのだ。そうすれば、お前の運命の人との出会いがあるだろう。その人こそが、今度こそお前が心から愛せる人に違いない」


 魔法使いは、いかにも魔法使いのように重々しい口調で言った。信用してみるのも悪くない。杖の向いた方角へ歩き出した。まだ、夜までには帰れそうな時間だ。腹ごしらえもしたし、力がみなぎってきた。

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