第4話 三回目の縁談

 家に帰ると、再び父から話があると呼ばれた。話があると言われると、嫌な予感しかしなくなっていた。父親は、顔をぴくぴくひきつらせて話し始めた。


「おい、三度目の正直だ。今度こそはうまくいくだろう。オリバー様は由緒ある学者の家柄。お父様も、そのまたお父様も学者だそうだ」

「そのオリバー様と? もしかして結婚ですか?」

「そうだ! よくわかっているじゃないか。話が早い」

「真面目で実直、学問一筋、今まで女性とはほとんど話もしたことがないような堅物。安心しろ、セバスチャンとは全く違うタイプだから、途中でやめようなんて言い出さないだろう」

「どんな方なのですか?」

「生物、特に昆虫に大変ご興味のある方だそうで、よく採取しては調べていらっしゃるそうだ」

 

 えっ、すると、もしかして先ほど会ったあの男性なのでは。


「あちら様からあったお話、断ることはできないぞ」

「またしても、ですか?」

「まあ、一度会う機会を作ってくださるそうだ。ご丁寧なことだ」


 ということで、オリバー様と会うことが決まり、いよいよその日がやってきた。

オリバー様は、図鑑の入った大きなバッグを抱え、切るのがおっくうなのか伸び放題に伸びてしまった髪のままだった。その髪の毛は肩に不ぞろいにかかり、梳いてもいないのかぼさぼさだ。私の偏見かもしれないが、度の厚い眼鏡をかけたところが学者らしい。虫かごと、虫取り網は持っていなかった。食事をすることになり、おしゃれなレストランで会ったのだが、私が入って行った時の驚き用は尋常ではなかった。


「きっ、君だったのか! 僕の結婚相手は!」

「意外でしたかっ?」


 私は落ちつきはらって答えた。昆虫と聞き、この人ではないかと予想していたが、予想は見事に的中した。


「早い方がいいだろう。決心が変わる前に婚礼の議を行おう」

「では、来週ということにいたしましょう」


 私の好奇の目と、彼の慌てふためきようを見て、親同士は即座に決めてしまった。もう後戻りもできず、オリバーは眼鏡越しの瞳をしばたたかせている。


「そうと決まれば、私はもうここに用はありません。珍しい昆虫がいるという噂を聞きました。ちょっと採取しに行ってきます。皆さん、失礼!」

「じゃあオリバー、一週間後には必ず家にいるように!」


 父親に釘を刺され、オリバーは私には目もくれず慌てて出て行ってしまった。


「ワハハハハ……、オリバーは女性と話をしたこともないような堅物でして、失礼しました!」

「まあ、そのくらいの方がよろしいですよ。家の娘も同じようなものです」


 父親同士がまた変なところを褒め合い、話が盛り上がっている。堅物だからなどではなく、全く私に興味がないから目もくれないのではないかと思う。私は二人の様子をちらちらうかがうがうが、本当にうまくいくかどうかはかなり怪しいものだと思っていた。


 結婚式の当日は、本当に式が執り行われるのかどうかさえも疑わしかったが、花嫁衣装を着て誓いの言葉を交わし、新居に入り自分の荷物を置くと、ようやく今回は結婚式までたどり着いたという実感がわいてきた。オリバーは机に向かって図鑑に魅入っている。やはり私には興味がないようだ。この先どんな会話をしていいのかも謎である。私が、昆虫や植物を勉強すべきなのだろうか。


「何、ぼーっと立ってるの? 座ってればいい」

「ええ、昆虫がお好きなのですね」

「はい、心から愛しています」


 なるほど、昆虫を愛しているのね。


「人間は愛されないのですか?」

「そうねえ、好きじゃない」

「そうでしたか」


 それでは仕方がない。生活する場所は変わったが、結婚したという実感がないままその日の夜は何事もなく過ぎた。オリバーは深夜まで図鑑を見て過ごし、疲れたらごろりと横になり、そのまま寝息を立てて寝てしまった。


 朝も、急いで朝食を摂ると学者仲間がいるところへ出かけていった。


「熱心に研究なさっているのね」

「ああ、昆虫は本当に凄い。太古から生きているんだからな。人間の歴史などほんのわずかなものだ」


 確かにそうなのだろうし、言っていることはよくわかる。が、人間には全く興味がないのだろうか。


「人間以外の生き物が好きなのですね」

「彼らは邪悪な心がないからな」

「人間は邪悪、ということでしょうか?」

「その通り!」


 眼鏡の上にもかかっている髪を邪魔そうにかきあげるしぐさにぞくぞくした。昆虫って、そもそも、心がないんじゃないのかしら。


 そんな日が続いたある日、オリバーは学者仲間から珍しい昆虫が南の島にいるという話を聞き、もういてもたってもいられなくなった。やはり、その昆虫を採集しに行ってしまうのだろうという予感は見事に的中し、数日後に仲間とともに出かけて行った。結婚して一週間後の事だった。急いで荷造りをし、挨拶もそこそこに去っていった。


 私の頭の中には、結婚って何なのだろう? という疑問がもくもくと雲のように広がっていった。そして数週間たったある日、ショッキングな知らせが届いた。オリバーの乗った船が帰国の折嵐に会い沈没し、乗員はすべて荒海に投げ出されその後の消息は不明とのことだった。

 何という不運、老若男女そこに乗り合わせた人々は、その後一人として戻ってきたという話はなかった。いつまで待てばいいのやら、一か月が過ぎ二か月が過ぎ、半年が過ぎたが何の手掛かりもなく、泳いで岸にたどり着いたとか、他の船に救助されて戻ってきたという話も全く聞かないまままた日一日と過ぎていった。


 私は結婚には向いていない、それとも私が不幸を引き寄せているのかしら、などと悲観することしきりだった。

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