第2話 二回目の縁談
ドレスは大層美しかった。このドレスが結婚式で着られように、今の体型を保とうという目標が出来た。ひきこもることはやめ、できる限り外を歩いて無駄な肉がつかないよう、毎日のトレーニングを行った。
そんなある日、道を歩いていると、先日店先で出会った子爵家のイケメンご子息と出会った。彼は昼間から暇なのだろうか、またしても前回の美女を連れていた。は~あ、持てる方はいいですねと思いながら通り過ぎようとしたら、前回同様呼び止められた。
「この間のお嬢さん。この度は残念でございましたね」
「はあ、ご存知でしたか」
「この間のドレスお似合いだったのに、お召しになれなくてがっかりされているでしょう。まだまだ、これから着る機会がありますよ……」
「そうだといいですが」
嫌味を言われても、返す言葉がない。イケメンには関係のないことなのに。名前は何と言ったかしら。セドリック? セシール? 思い出せない。まあいいわ。でも、よくまた私に声を掛けてきたものだわ。まさか、私に興味があるのでは……。そんなことはないわね。後ろを向き歩き始めたところまたさらに声がかかった。
「よくお会いするので、またお会いするかもしれませんね」
「ああ、それほど広い街ではありませんので」
「では、ごきげんよう」
それほど、いくつも大通りがあるわけではない。街を歩いていれば、同じ人に会う可能性はある。今度こそ話は終わりと侍女と二人で、すたすたと歩いて行った。声はもうかからなかったが、少しだけ気になって後ろを振り向いた。すると、あちらも振り向いてきて、目が合ってしまった。バツが悪かったのか、手を振って去っていった。
しばらくたったある日の事だった。父親から話があるので座るようにと言われた。前回の縁談の時もそんなやり取りをしたような気がする。もしや、と思い体を固くして手を膝の上へ置き、どんな話を聞いても耐えられるように身構えた。
「縁談を申し込まれた!」
「はあ、お相手はどなたですか?」
「ブルボン子爵家のセバスチャン様だ!」
「セバスチャンですって!」
この話を聞いた時の驚きようはなかった。セバスチャン、ひょっとしてあのイケメン。いやいや、そんなことはないでしょう。あの人にはグラマーで胸が大きい女性がいるもの。同じ名前の人もいるに違いないわ。でもあの人も子爵家のセバスチャンだって言ってた。まさか、まさか、まさか……。しかもどうして私と婚約を!
私の頭の中には、たくさんのクエスチョンマークが飛び交い、驚愕と、疑問と、そして感動の気持ちで胸がいっぱいになった。
「相手は子爵家のご子息だ。断わることはできない」
「はっ、はい。でも、なぜ私なのでしょうか?」
「理由は……分からない」
こんなとき父親なのだから、お前が魅力的だからとか、他の言い方があるだろうに。しかし、どう考えても絶対におかしい。なぜなら彼は女性にもてそうなタイプだし、あの方だったら、どんな女性でも靡かないものはいないはずだ。声を掛ければたちどころに彼の虜になるだろう。だから、不思議で仕方ない。自分で言うのもなんだが、地味で真面目そうなタイプの私を選ぶことが。
「聞いているのか? 婚礼は二か月後に行われる」
「はい、お父様」
二人目の相手は、若くて誰もが認めるハンサムなセバスチャンだ。いつも女性と一緒にいて、プレーボーイなところが気になるが、あれだけの容姿だから当たり前のことだ。女性にもてることには、ちょっと目をつぶるしかない。婚礼までに太らないよう、外でのウォーキングや、家でのトレーニングを欠かさないようにしよう。体の線にぴったり沿ったドレスが着られなくならないよう、レニーと散歩に出た。
街を歩いていると、前方に婚約者のセバスチャンがいるではないか。しかも、前回会った時に連れていた女性と一緒だ。婚約していることを隠しているのだろうか。声を掛けていいのかどうかはばかられて迷っていると、あちらから声を掛けてきた。
「エレノア様ですね。よくお会いしますね。今日もお散歩ですか? 精が出ますね」
「まあ、健康のために歩いています」
「ほう、それはすこぶる優雅ですねえ」
「私の事、暇人みたいに思っていらっしゃる? あのう、父からお話は聞きました」
勇気を振り絞って、婚約の事を言ってみた。こう言えばわかるはずだ。相手の女性は、何のことかと好奇心いっぱいの瞳を私に投げかけてくる。セバスチャンといちゃついているこの女性の前で、思い切っていってみようか。意地悪な気持ちが頭をもたげた。反応が気になった。
「こんな素敵な男性が私と婚約してくださるなんて、夢のようです」
「婚約なんて言うのは、家同士で決めること。まあ、成り行きですよ」
何を言っているの、この人! 私とどうしても結婚したいと申し込んだのは、そっちじゃなかったの! 心の中で、なぜなのと叫びながら、この男のどうでもいいような態度に無性に腹が立ったが、ここは様子を見てみよう。
「な~に、セバスチャン! この娘。本当にあなたの婚約者なの?」
「まあね。意外かもしれないけど」
イケメンは、意外というより心外だという口調でシレッといった。なぜなの! そっちの女の方に愛想を振りまいているじゃない!
「意外とは?」
「まあ、意外にも意外という意味ですよ」
言葉の意味ぐらい私にもわかる。説明を求めたのに、誤魔化しているだけじゃない。一度深呼吸してから、セバスチャンの方を見ると、変な女に不快な顔をされて、お手上げだというジェスチャーをしている。こんな軽そうな人が自分の婚約者だったなんて、二回目もどうなってしまうのだろうか。
「では、失礼します! 私急いでますので」
「そうお、残念だね」
と残念そうな様子は微塵も見せず、連れの女性と共に、手を振りながら去っていく。
悔しい!
私にだって自尊心というものがあるのよ。と、無性に腹が立つが、それをどこにぶつけていいものやらわからない。
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