第十王子は予想以上に魅力的

東雲まいか

第1話 一回目の縁談

「お父様、そんな……」

「もう話は決まってしまった!」


 突然父親から言い渡された言葉は、私にとって死刑宣告のように聞こえた。まあこれが死刑宣告などというのは、甘えた考えだという輩もいるかもしれない。デニール男爵家の三女、十七才のエレノアは父から婚約を告げられた。相手は伯爵家の領主で、自分の祖父と年もさして違わないような老人だった。


「嫌です……」

「断ることは……できない!」


 エレノアはデニール男爵家の三女である。二人の姉は、既に嫁いでいて、この家に残っているのは末娘のエレノアだけだった。格上の貴族である伯爵家からの縁談を、到底断ることはできない。父は、沈痛な面持ちで話を聞いたエレノアに、追い打ちをかけるような事実を告げた。ブレイク様は三人目の奥方が無くなり二年たち、寂しい生活に休止符を打つつもりらしい。是非彼女を四番目の妻に、と大変な乗り気だ。ただ、三人の奥方の間にはお子様が十人以上いるらしいから、その方々とうまくやっていくのに、気苦労はあるかもしれない、と。


「そんな……」

「そう言うことで、一か月後には嫁入りだ!」


 私は、唖然としてその話を聞いていた。それからは、何をする気力もなくなった。ただただ気を紛らわすために、ひたすら食べ、家でゴロゴロとして過ごした。貧乏貴族とはいえ、男爵家の娘だ。お稽古事もしたし、行儀作法も身に着けた。親の言いつけを守り、二人の姉たちを立て、必死でここまで頑張ってきた。自分を少しでも磨こうと、常に前向きな気持ちでやってきた。それが、この結果だ。私の何がいけなかったのだろう。考えても何の解決方法もなかった。


 一週間が過ぎ、二週間、三週間が何事もなく過ぎていった。時間が止まればいいのにと願っても、刻一刻と時は無常に過ぎていく。あと一週間で、この家を出て行かなければならない。晴れた日にせめて気晴らしにと外を歩いても、ちっとも気晴らしにならない。


「ブレイク様の、支えになってあげなさい」

「あら、歩くのも大変なの?」

「ああ、歩行も一人では困難なようだ」

「……そうですか」


 既に、杖なしでは歩くこともままならないそうだ。話を聞けば聞くほど気が重くなってくる。支えてあげなければ、一緒に歩くこともできないそうで、介護が必要なお体らしい。

 

 婚礼の衣装が出来上がり、侍女のレニーとともに、仮縫いに出かけた帰りの事だった。通りを闊歩してくる若くて誰が見てもハンサムの部類に入る男性が、エレノアを見て一瞥した。しかしそれは、彼女の勘違いだったようで、連れのグラマーな女性の胸元を見ていたにすぎなかった。胸元が広く開いたドレスからは、二つの大きな谷間がくっきりと見て取れた。その谷間を上から覗き込んでいたのだ。

 ああ、あのくらい若い男性だったら、容姿の事なんて贅沢言わないのに。と、ため息しか出てこない。でも、かなりのイケメンだし、連れの女性も妖艶な美しさをたたえていた。やはり、美男は美女が好きなのね。とまたしても諦めムードが心の中を支配した。


「ちょっとそこのお嬢さん?」

「はあ、私の事ですか」


 彼は通り過ぎてから、後ろから声を掛けてきた。その最高にかっこいい男は、エレノアの頭のてっぺんからつま先までも、じろりと観察していった。


「お嬢さん、先ほどのドレスお似合いでしたね?」

「あら、見ていらしたの?」

「店先を覗いたら、偶然見えたんです」

「もうすぐ婚礼なので仮縫いに来たのです……」


 その男は、ご結婚の相手は誰なのかとか、いつ結婚するのだとか根掘り葉掘り聞いてきた。イケメンは子爵家のセバスチャンだと名乗ったので、必要最低限のことぐらいは教えてあげた。

 興味深げに話を聞き、どうぞお幸せにと言い、連れの女性の手を取って離れていった。エレノアもデニール男爵の娘だとつい自己紹介をしていた。そのぐらい、愛想もよく好感度も高かった。


「素敵な男性だったわね?」

「さようですね」


 侍女もセバスチャンの、格好良さにうっとりして目を潤ませている。は~あ、あの人だったら良かったのに。でももう忘れることにするわ。あと一週間でブレイク様の元へ嫁ぐのですもの。


 家へ着くとすぐに、悪い知らせが届いた。父は重々しい口調でエレノアに告げた。


「ブレイク様が、お亡くなりになった」

「えっ、ブレイク様が……な、なぜですか?」

「突然倒れて、そのまま心臓が止まってしまったそうだ」

「ああ、あのお年ですから……お気の毒に」


 私はあっけに取られて、立ち尽くしていた。花嫁衣装は既にほぼ出来上がっていたのだが、もう用はなくなってしまった。かと言って葬儀に参列することもなく、結婚の話はそこであっけなく終わりになった。全く会ったこともないご老人を、気の毒には思ったがまだ他人である。悲しむ気持ちは湧いてこなかった。


 一週間後の結婚式を控え、花婿が亡くなった。これから悪いことが起こらなければいいが。私は、その晩は布団をかぶって眠りについた。ブレイク男爵が急逝したことは、近隣の諸侯にも知られることとなった。それと同時に、婚約者の存在も明らかにされ、エレノアは不幸な婚約者として知れ渡ってしまった。


 あ~あ、こんなことで有名になりたくなかった。道行く人々からは憐れみと好奇心の入り混じった目でみられ、歩いているといたたまれなくなる。自分をそれほど繊細な性格だとは思っていなかったが、無駄に好奇心を刺激したくない。いずれ噂は忘れられるだろうと、暫く人込みを避けて歩くようにしていた。

 ドレスは仮縫いまで済ませてしまったので、今更断るわけにはいかず、出来上がったものを受け取りに行った。完成品も念のため試着する必要があるということで、再び店を訪れ袖を通してみた。


「ぴったりだわ。よくできてる」

「本当、お美しいですわ」


 侍女は言葉少なに、ドレスの美しさをほめた。店の人々はエレノアと目を合わせないようにしているようで、そんな気を遣われるのもつらかった。


「じゃあ、脱いで帰るわ」

「はい、お手伝いします」


 侍女は、てきぱきとドレスを脱がせ、綺麗にたたんだ。


「エレノア様、まだお若いですから次のお話が来ますよ。お年を召された方だから、かえって良かったんじゃありませんか」

「そうね。次があればだけど……」

 

 侍女にも慰められ、顔がひくひくと引きつるのが自分でもわかった。

      

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