拝啓、梟のあなた
奥山柚惟
本編
First Chapter- エージェント“オウル”
プロローグ
石造りの地下室を、壁に灯された松明が明々と照らす。
手術着に身を包む五、六人ほどの人間が部屋の中央で半円形を作って立っていた。検死係である彼らが囲うのは、手術台に横たえられた見るも無残な死体。手足はあらぬ方向に折れ曲がり、頭蓋は割れて原型を留めず、衣服は元がどんな色をしていたのか分からぬほどに染まっている。
「この状態ですので顔の判別もつかず……身元の分かるものが免許証しかないのですが、果たして本人のものなのかどうか。
検死係の一人がそう呼び掛けると、部屋の暗がりからぬうっと影が進み出た。
輪の中の数人が突然現れたその人物に驚いて身を震わせた。
「もちろんです。任務ですから、そのつもりで来ています」
「よろしくお願いします。──ああ失礼を、この者たちは新米でして、あなたの存在を教えるにちょうどいい機会だと連れて参りました。このまま見学させても?」
オウルと呼ばれた影が灯りの下へ歩み出ると、その容貌が明らかになった。
纏う雰囲気に反して背は低い。その場の誰よりも身長が低かった。
長いフード付きマントから覗く上衣は黒く、膝丈までその裾を広げている。そこから伸びる細い二本の脚が、やはり黒いパンツに包まれて黒ブーツを履いている。
上衣は国の公的機関採用のものに似ているが、黒い制服の部署は存在しないはずである。これが暗部の制服だと知る者は少ない。
「ええ、どうぞ」
薄っすらと高い、しかし落ち着いた声。──女性の声だ。
頷くその顔は拝めない。独特な文様をあしらわれたフクロウの面が、目元から鼻までを覆い隠しているためだ。
「少し下がっていてください。“読み取る”際に邪魔になります」
事務的に
オウルは手術台に歩み寄った。潰れて肉の飛び出た、元は頭であったものに手をかざして小さく唱えた。
「──『
ふわっと風が起こり、その場の冷気を更に冷やした。
影の女オウルの手が青白く光り、徐々に光が遺体を飲み込んでいく。その様に、おお、と誰かが驚嘆の声を上げる。
そして光が完全に遺体を覆ったその瞬間。
そよいでいた風が急に強さを増し、地下室の塵を、手術着を、そしてオウルのフードを巻き上げた。
フードが取り払われ、髪が露わになった。面から生やされた羽飾りに覆われて、艶やかな漆黒の髪が風に遊ぶ。
「検死官、始めます。記録を」
オウルの呼び掛けに、初めに彼女に呼び掛けた検死官が慌てて記録用紙のバインダーと筆記具を構えた。頷いて合図を返すと、彼女は一つ息を吸った。
「リーナ・ブラウン、27歳女性。職業、飲食店勤務。独身だが婚約者あり。9月21日金曜日、午後23時48分、中央広場の時計塔より
スラスラとオウルの口から紡がれる情報を、検死官が紙に書き留めていく。その様子を見守る新米の検死係たちの顔色は悪い。彼らの目線は今、オウルではなく、死体の上に薄っすらと浮かび上がる映像に向いている。
死ぬ直前を映しとったものだろう。二人の女性が時計塔の上で何か言い合っている。やがて口論は取っ組み合いに変わり、一方がもう一方をついに突き飛ばした。遠のいていくその女の顔は醜い笑みに歪んでいる──。
そして景色がぐるりと回り、歪み、最後に傾いた地上の景色を映して暗転した。
「……死因と動機に関しては以上です。他にありますか」
「十分です。犯人も特定できるとは、さすがはオウル殿。“夜の賢者”の異名は伊達ではありませんね」
「“殿”はやめてください。あなたもわたしも上から降りてきた任務を全うするだけの、ただの人間ですから。──他になければ、わたしはこれで」
「ええ、お疲れさまでした。機会があればまたお会いしましょう」
検視官の言葉に一礼で返し、オウルはそのまま闇に溶けるようにして姿を消した。それを思わずといったように漏れた新米の声が追いかける。
「死体の秘密を暴くなど……気味が悪い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます