第12話「最後の1秒まで、信じ切ってやりきる。」

 「ぼくは片づけ心理小説を書いて、芥川賞をとる。」


 何度も見て、何度も言葉にする。すると恐ろしいほどに、この言葉が自分の血液まで浸透する。そう、妥協を許さない芥川賞作家としての血が、自然と騒ぐようになってきた。


 静まり返った暗闇の中で、白く光るパソコンの前に座っている。今日の執筆場所は寝室だ。今日の日中は執筆する隙を与えてくれないタイトなスケジュール。想定外の出来事が、次から次に起きていく。


 「今日は、もう書く時間はないかな・・・。」


 この文章を1日休もうが、誰かに怒られるわけではない。無論、更新を待ってくれている読者の方が一人でもいるということは、その人にとって残念なことではある。ただ、営利で書いているわけでもないので、どこか妥協できる範囲内でもあることが、心の弱さには確実に影響するものだ。でも、そんな時にこそ問いかけたい。


 「俺は、誰なんだ?」と。


 答えはいたって、シンプルだ。そう、片づけ心理小説を書いて芥川賞をとる人間である。だからこそ、最後の最後まで諦めずに1日1話を少しでも書こうと、子供達が寝静まったタイミングで、一人自室で静かにパソコンを開いた。


 想定外のことが起き続けていくほど、成長できるチャンスでもある。今まで出来なかったことが、できるようになるチャンスだ。


 「諦めたら、そこで試合終了ですよ。」


 スラムダンクの安西先生の言葉が、頭の中で響いていた。今、23時33分。いい時間だ。


 昨日は記事が消えていたことにショックを受け、今日は想定外の出来事の連続で時間がない。こうして嫌なことや、出来ないことに意識を向けたら、人はどこまでも落ちていくものだ。


 そんな中でも、目的を見失わずに書くことができれば、それが未来の確かな力となっていく。


 不思議と文章そのものに、自分の気持ちの葛藤を表現していくと、逆に闘志がふつふつと湧いてくる感覚になった。思っていることも、すぐに文字として打ち込める。文章がサクサク進んで、気がつけば10分で800文字を超えていた。


 「何をしている時に調子が良くて、どんな時に文章が進むのか?」


 こうして自分の感覚を客観的に記録しておくことは重要である。実はこの練習小説も、小説の練習だけではない裏要素がふんだんに盛り込まれている。少しでも今日の出来事を入れ込んでいくことで、今日の感覚がイメージで思い出せる工夫をしているのだ。


 前回消えてしまった記事を、今日は思い出しながら途中まで書いていこう。


 一度深呼吸をして、息を整えていく。身体を緩めたぼくは、過去の記憶にアクセスした。


 遡ること10年前。ぼくは初出版を果たす。「人生の模様替え〜部屋と心の物語〜」という、自伝的な書籍だ。


 思い返してみると、この最初の本にこそ、小説的な要素は含まれていた。最初に書いた本ではあるが、いつまでも忘れてはならない自分の本質を全て詰め込んだ本だ。


 お世辞にも、綺麗な言葉ではない。その当時の、そのまま100%の自分をさらけ出して書いた本。言葉も不器用なままで、あえて編集せずに形にしたのが、当時の本だった。でも、その最初に書いた本が自分の心に最も刺さる本である。


 そしてそれが自分だけではなく、「うっかり電車で読んだら号泣してしまった」と、何人かからも言われるくらい、感情に訴えかける本となった。


 何を隠そう、過去の全ての自分を真剣に振り返りながら、ぼく自身が号泣して書いた本である。その感情がそのまま、言葉に宿ったのかもしれない。そう考えると、自分の感情を全てぶつけることが、最も誰かの感情に響く言葉になるのかもしれない。


 気がつけば、もう23時53分だ。


 文章をテンポ良く書いた途中で、本を号泣しながら書いていた頃のことを思い出すと、目を閉じて回想しながら、自然に手が止まっていた。


 今日は、ここまでにしよう。


 今日が終わる最後の1秒まで、自分を信じ切って目的に沿った行動をやりきる。そうすると、明日の朝目覚めた時の自分が、昨日の自分を誇らしく思うだろうと感じながら、このまま眠りにつくことにした。

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