第8話「なりたいと願うんじゃなく、なるんだ。」

 「ぼくは片づけ心理小説を書いて、芥川賞をとる。」


 願っているうちは、何も叶わない。自分で決めて、確定事項として動き出すからこそ、現実は大きなうねりで形になる。


 「おつかれさまでした。」


 同じ電車に乗っていた作家仲間が先に降りたのを確認したあと、ぼくはおもむろに鞄を開けた。次の瞬間には、息つく間もなくパソコンを弾き出している。そう、今日の執筆場所は電車内だ。

 

 ぼくは興奮冷めやらぬ熱量で、カクヨムの管理画面を開けていく。火傷しても、時と共に痛みは消えるように、感動という感覚も記憶の彼方へ薄れゆくものだ。今、この瞬間の感覚は絶対に失いたくない。その一心で、脇目もふれず膝の上にパソコンを固定した。


 感覚は忘れぬうちに、言語として記録する。すると、瞬間的に得た感動は、言語記録を振り返るだけで思い出せる。どうしても、そうしたいと思った理由は、ほんの数十分前に、小説家の先生方との出逢いがあったからである。


 JR伊丹駅から徒歩3分の場所に、知る人ぞ知る隠れスポットがある。その店の名は、ブックランドフレンズ。日本全国から人が集まってくる、個性的な町の本屋さんだ。

 

 元旦に年賀状が届いていたものを見ると、「2019年で一番良かった本は『甘夏とオリオン』でした。」と、一言添えられていた。


 その年賀状を見た瞬間に、今年は小説を出すと決めていたぼくは、新年の挨拶に行くことにする。それが、1月8日のことだ。その時点では、まだカクヨムで執筆するという構想はなかったのだが、思い返してみると『甘夏とオリオン』の出版元はKADOKAWAである。これも何かの縁だったのかもしれない。

 

 ブックランドフレンズの店主は、通称こんぶさん。ぼくの処女作「人生の模様替え〜部屋と心の物語〜」から、ずっとお世話になっている。


 年始1月8日に挨拶に行った際に、「今年はいよいよ小説を出します。ぜひ、小説が出た際には、こんぶさんに一番最初に出版記念講演を手がけて欲しいです。」と、作品も何も手をつけてすらいないが、先に講演依頼をした。

 

 ただ、年始のその発言があったからこそ、今日シークレットで来店する3名の小説家の先生に生でインタビューさせて頂ける機会が生まれたのだ。


 これは、「いつか小説を出したい」と、思っているだけだった去年までにはなかった展開である。「今年小説を出すことは確定事項である」そう心に決めて、そのために具体的に動き出し、その前提で発言し始めたことによって、現実が加速的に動き出していくようになった。


 今日、ブックランドフレンズに来店されていたのは、歴史小説を手がける宮本紀子先生。そして、ミステリー小説を手がける天祢 涼先生。もう一人は、「ビオレタ」で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞してデビューを果たした寺地はるな先生だ。

 

 「初めまして。伊藤と申します。本日は、よろしくお願いいたします。」


 天祢 涼先生と名刺交換をしている時に、他の先生方も会釈を交わす。現役で、今まさに小説家として活動している先生方を目の前にしながら、ぼくは身体は次第に熱くなっていった。


 自己紹介もそこそこに、ぼくは撮影の準備に入っていった。今日は動画撮影も兼ねて、インタビューの一部を収録することになっている。その間に一緒に来ていた仲間たちが、先生方の本を購入する。


 これは、新年の挨拶をした一ヶ月前には、想像すらできない光景だった。

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