第5話「くすんでいた自分にもあった、一筋の心の輝き。」

「ぼくは片づけ心理小説を書いて、芥川賞をとる。」


 WEB小説を書き始めて、数日更新が途切れてしまった。その理由は、前回のエピソードを通して、自分に深く入り込んでいったからである。この更新がなかった空白の期間に、濃密な自分との対話が行われていた。


 今日は、大阪の心斎橋に来ている。早朝5時から動画コンテンツの制作をするために、この地に訪れていた。午前中までに一通り作業が終わった後、クリスタ長堀の地下道を通って、行きつけの靴磨き専門店に来ている。その待ち時間が、今日の小説執筆時間だ。


 人は環境に左右される生き物である。その反面、環境に影響されない生き物でもある。環境の影響を受けるのか、まったく受けないのか。その違いを生むのは、フォーカスの違いである。


 いつもスタバでパソコンを作業をしているのが、靴磨き屋の待合ベンチに変わっただけ。環境にフォーカスすると、いつもと違う影響を受けることになるが、パソコン作業をしているという行動にフォーカスをすれば、いつもと何も変わらない。これが、いかなる環境でもメンタリティーを安定的に保つコツだ。


 靴磨きは15分ほどで完了する。今日は1000文字を目標にしてみよう。いつもの半分の文章量でスマートに完結をする。ブラシで靴の埃を取っている音をBGMにに、今日は軽快に言葉を書き綴っていこう。


 自分に深く入り込むと、いつも見えてくる自分がいる。それが、孤独で生きることを選んだ18歳の自分だ。中学時代に父が経営していた焼肉店が潰れたことで、家計は火の車になった。そこから喧嘩が絶えない毎日となり、食べるものがないくらいに貧しい時代を過ごしていた。


 それもあって、高校時代は3年間、毎日休まずに朝3時に起きて新聞配達を続けていた。そして夜は、うどん屋でアルバイトをする。公立高校だったが、親はその学費を払うお金すら捻出できない状況だった。


 自分で稼いで、自分のお金で学校に通っていた。爆睡王として、毎日授業中に眠っていたのは、このためである。身銭を切って学校に通っていたからこそ、何のために、何の意味があって学校に通っているのかを常に問い続けていた。惰性で生きることが強烈に嫌になったのも、思い出してみればその頃からだ。


 ぼくにとっては、一番思い出したくはない時代の記憶である。しかし、それは同時に人生の中で最も価値が高い過ごし方をした時間でもあった。


 ほどなくしてブラシ音が消えると、「キュッキュ」と勢いよく布で靴磨くサウンドに変わっていく。早いもので、もうすぐ仕上げになるかもしれない。


 お金がなかった当時のぼくは、遊びたい盛りの思春期にも、やりたいことはほとんどできなかった。友達と約束をしても、キャンセルの連続。その原因のほとんどは、お金が問題になっていた。


 バイトでお金を貯めて、そのお金で遊びにいく。友達と約束をするも、前日にキャンルすることも少なくなかった。一生懸命に貯めたお金が、突如として消えてしまうことが度々あった。苦しい家計に使われてしまうことが少なくなかったからだ。


 今思うと、友達にも家庭的な事情を話しておいても良かったのかもしれないが、いつも約束を破る、ノリが悪い奴と思われていた。それもあって友人とも、どこかで距離を置くような心境になっていた矢先のこと。泊まりで旅行に行こうと計画した時に起きたことが、亀裂が決定打になる。


 「お待たせいたしました。」


 本題に入ろうと思ったタイミングで、靴磨きが終わったようだ。今日の文章はここまでにしておこう。気がつけば1600文字ほど書いている。時間にして20分。今日は一番文章がいいペースで進んでいるということは、自分の内側に入り込めば入るほどに、無意識的に文章も書けるのかもしれない。


 ぼくはピカピカに輝く靴を見ながら、当時のくすんでいた自分にあった、心の輝きに思いを馳せていった。

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