第3話「あなたと、コンビニ。から、奇跡が始まる。」

 「ぼくは片づけ心理小説を書いて、芥川賞をとる。」


 何の根拠があって、こんなタイトルをつけられるのだろう。自分でも不思議だが、根拠があるとしたら一つしかない。己の心が、そう決めているというだけの根拠だ。


 今日は朝から、近所のファミリーマートに出かけて行った。100円でコーヒーを買って、イートインスペースに移動する。今日は、「あなたと、コンビニ、ファミリーマート」で第3話を執筆しよう。


 小説を書き始めてから、スマホのストップウォッチは欠かせなくなった。1話を30分を目標に書き上げられるように、毎日のトレーニングがスタートする。昨日までは1時間少々かかっているので、今日はどれくらいの時間で書き上げられるだろう。


 コーヒーを一口飲んで、速やかに執筆をスタートする。集中するとコーヒーが冷めてしまうのは昨日書き記したばかりなので、今日はこまめにコーヒーを味わおうと意識する。


 実はファミリーマートには、他のコンビニよりも深い縁があると感じている。まだイートインスペースが出始めたばかりの頃に、実は多用していた時期があった。ファミマのイートインスペースが伊藤勇司の職場になっている。そんな時期があったのだ。もう引退されているが、その当時ファミマナビゲーターをつとめていた、あべこうじさんの声を聞くのが日課にもなっていた。


 そんな昔に思いを馳せていると、店内BGMで「Half time Old」の『みんな自由だ』が流れてくる。auのCMにも起用されている名曲だ。ちなみに伊藤勇司はauユーザーであるという、どうでも良い情報も書いておこう。


 「あれはダメだよ それはこうだよ まるで正解のように言われても そんなのぜんぶ嘘だよ 人生はいろいろだ」


 この歌の歌詞に耳を傾けていると、当時の記憶が自然と蘇ってくる。今回の物語にも欠かすことがでいない、ファミマとのエピソードだ。今日は、ここから書くことにしよう。


 これはまだ、小説の構想がなかった約7年前の話。


 空間心理カウンセラーとして起業して4年目のこと。個人事業主としてスタートした活動が着実に広がっていた勢いのまま、事業を法人化した頃のことだ。


 先に結論を言うと、この法人化した会社をわずか半年で廃業することになる。それまで順調に貯めてきた自己資金は加速的に底をつき、さらには負債になって襲いかかってきた。


 そうなった理由は、法人化したタイミングで、昔飲食業で一緒に仕事をしていた上司から久しぶりに連絡があり、その上司が手がけていた地域貢献の事業を買い取ったことから、負の連鎖は続いていくことになる。


 この話をするだけで小説1冊分は書けるので詳しくは割愛していくが、会社を廃業したことで、空間心理カウンセラーとしての仕事をやれない心理状態になったことがあった。当時を思い出してみると、メンタルはボロボロの状態だ。


 そのタイミングでちょうど娘が生まれていたこともあり、家庭内は悲惨な状態だった。ぼくも、妻も、経済的にも、何もかもが最悪の状態だったと言えるだろう。ここ数年で出逢っている人には、そんな経験があったことは見る影もない状態であるが、あの時の教訓はいつまでも忘れることはなく心に刻まれている。

 

 会社を廃業し、事務所も失ったぼくは、パソコン1台しか残らなかった。そして、負債を抱えている状態でもあったので、お金を早急に稼いでいく必要に迫られていた。だが、メンタルがボロボロだったこともあり、これまでやっていた仕事をやる気持ちにもなれなかった。

 

 「とりあえず、バイトでもなんでもいいから仕事して!」


 その妻の一言で、我にかえったことを思い出す。独立してから、事業主、経営者として過ごしてきたが、この機会にバイトも良いのかもしれないと冷静に思えた。頭を冷やす期間としても良いと思って、ぼくは早速バイトをすることにした。


 元々体育会系で、学生時代はバスケットボールに明け暮れていた人間。だからこそだが、バイト情報誌の中で仕事を選ぶ基準は肉体労働だった。どうせなら、お金を稼ぐついでに、筋トレになるようなことをしよう。そんな発想で時給が良さそうな深夜の市場での肉体労働で働くことにして、面接に行こうとしていた。


 しかし、その様子を見ていた妻が、こんな一言を告げる。


 「まだ若いと思ってるかもしらんねど、自分が思っているほど若い年齢とちゃうで。身体壊したら元も子もないから、身体よりも頭使った仕事したほうがいいんちゃう?」


 その言葉を聞きながら、状況が状況でもあり、何も言い返す言葉がなかったので、ぼくの発想で選ぶ仕事ことは潔くやめた。そして、妻が選ぶ職種であればどんな仕事でやることにしたのだ。


 程なくして見つけ出してくれたのが、24時間営業のコールセンターの仕事である。シフト制で時間も自由。時給もそこそこ良かったので、ぼくはそのコールセンターの深夜の時間帯で働くことにした。


 実は、この妻が選んだコールセンターが、後にKADOKAWAとの間接的なご縁の始まりになる。そのことは、また後の物語で記していくことにしよう。


 何もかもがどん底状態だったぼくは、これまでのことを何も考えなくて良い、コールセンターでの仕事に自然と没頭した。これまでやってきた空間心理カウンセラーの仕事は、一旦脇に置いておくことにして。


 ただ、収益性が生まれることはやらなかったが、これまで関わってくださっていた方に向けてなど、無料で行うブログやメルマガ配信だけは、不定期で行うようにする。


 その時にたまたま見つけたのが、ファミマのイートインスペースだった。今でこそカフェや飲食店にはWi-Fiが当たり前のようにあるが、当時は公衆無線LANも今ほど充実していない状態。


 そんな中で、ぼくは金銭的にもどん底だった為、Wi-Fiすら持っていない状態だったのだが、ファミマが1日20分×3回だけ、無料で店内のWi-Fiを支えるサービスをイートインで提供していることに気づいた時には感動を覚えた。


 「この、1日の限られた時間だけで、ブログとメルマガを更新しよう。」


 こうしてぼくは数ヶ月間、毎日のようにファミマに出没するようになった。今となっては懐かしい思い出なのだが、その頃からの縁があるからこそ、今でもファミマは利用している。特に、出張で移動している際に、ちょっとした息抜きには持ってこいの場所である。


 この当時のファミマでの、毎日20分×3セットの作業は、1秒たりとも無駄にはできない限られた時間であったからこそ、研ぎ澄まされた集中力で執筆していた。それが今の執筆能力にも繋がっていることは間違いない。


 自分が苦しかった状態の時に、ファミマには多大なる恩恵を頂いていると感じているからこそ、これからもずっとぼくは、ファミマを利用して、少なからず貢献をし続けていきたいと考えている。ファミマ(コンビニ)でトイレを利用したら、必ず便座や床を拭いて綺麗にして出てくるのは、この頃の恩返しのためである。


 将来的には、ファミマ限定販売の小説などもリリースできたら、具体的な利益にもつながる恩返しにはなるだろう。その時は、全国のファミマのイートインスペースを巡るサイン会をやりたいと密かにイメージをしている。


 と、気がつけばここまでで、50分が経っていた。昨日よりは、少しは早く文章も書けるようになったかもしれない。が、相変わらず集中していたせいで、コーヒーは冷めていた。

 

 「あなたと、コンビニ、ファミリーマート。」


 その言葉を頭の中で反芻しながら、コーヒーを一気に飲み干したぼくは、ファミリーマをあとにした。

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