ファミレス、殺人、饒舌、そして終わる

@miurashi

第1話

某所ファミリーレストラン

「夏には人殺しがよく映える」

 どんな脈絡だったのか男女2人がそんな話をしていた。中性的な声の男と中性的な声の女だ。

 例えば、と黒いTシャツの男が長々話し始めた。

「例えば、夏の蒸し暑い部屋で人を刺し殺し、呆然と立ち尽くす。心拍は激しくなり呼吸も乱れる。視界は狭まっていき、セミがけたたましく責め立てる。夏の暑さにも関わらず背筋が冷えていく。部屋の中の陰惨で赤黒い光景と、窓の外に覗く爽やかな青空や青葉が対比になる」

 一呼吸も置かず、また続ける。

「夏だし、盆帰りと引っ掛けて実家に帰る展開もなかなかいいかもしれない。実家に潜んでいると警察がやってくる。それを玄関口で母親が対応している。その姿を罪悪感と怯えを持って部屋から覗く。なかなかいいシチュエーションじゃないか」

 男は長ゼリフを言いきり満足感に満ちた顔で相手に返事を促した。

「ただただ辛い展開だよ、自首しな」

 と女が呆れたように答えた。

「いや、それは違うよ」

 とまた男がしたり顔でまた話し始める。

「事件が発覚してから、警察に行くのは自首じゃなくて出頭っていうんだよ。刑事ドラマとかでさ、『自首をすれば罪が軽くなるぞ』とか言う場合、大体出頭なんだよな」

 また続ける

「そもそもさ、自首の語源って知ってる?知らないよな」

 まだ続ける

「俺も知らないけどさ、でも、言葉の語源とかって調べてみると面白いのがあったりするんだよな」

 さらに続ける。

「例えば——」

 言いかけ、一旦止めた。そうして、考え込んだ様子で続ける。

「いや待てよ。言葉の語源っていうと、頭痛が痛い的な二重表現になるよな」

  ベラベラとまだ続ける。

「でもさ、頭痛が痛いって言うほどおかしな表現だと思わないんだよな。頭痛が痛いってさ、『一般的に頭痛と言われる痛みを感じています』ってことだろ?別に何もおかしくないじゃないか」

「無理矢理に注釈加えてるだけでしょ」

 と極めて的を得た指摘に、男は少し拗ねた顔になった。が、一瞬の沈黙を置いてまたベラベラ喋り出す。

「じゃあ頭痛の話はいいよ。でもさ、一般的に誤用とされる言葉にもそんな変じゃない言葉ってあると思うんだよな」

 また続ける。

「例えばさ、汚名挽回って誤用として有名だけどさ、別に意味として矛盾してる所はないよな。名が汚れた状態から汚れてない状態まで巻き返すって意味で全然通るだろ。これは無理矢理とかじゃなくて真っ当な注釈だよな」

 男の目は生き生きとして、返事に期待しているようだった。

「相変わらずよく喋るね、君は」

 まったく期待していない返事に、男はつまらなそうな顔で椅子にもたれ掛かった。向かいに座る男が拗ねて黙り込んでしまったもんだから女は仕方なく話し始めた。

「君は喃語の頃からお喋りだったんだろうね」

 懐かしむような顔で話し始めた。

「本当にまだちっちゃい頃、君と初めて会った時には既に病的なお喋りだったよね。昨日テレビで見たって言って杉並陽区について1日中話してんだもんな、こっちからしたら絶対忘れられないないよ」

「俺は覚えてないよ」

「やられた方は覚えてるけど、やった方は覚えてないってやつだね」

「人聞きの悪いこと言うなよ」

「いや、あれは精神的暴力だったね。私じゃなかったらPTSDになってたよ」

「大袈裟だろ」

「大袈裟じゃないよ。4歳児が延々と饒舌にお笑い評論してたら、まずこの世ならざる者だと思って恐怖するよね」

「でも人間だし」

「人間だから余計怖かったんだよ。この世ならざる者として処理していた恐怖が、この世の者で、さらに自分と同じ人間だと気づいた時の恐怖を考えてみなよ」

「怪談のギミックとして使えそうだね」

「すごい他人事だね」

 一頻り言葉の往来が終わると、一旦、一区切りといったような感じで、ゆっくりと静寂に任せる時間が流れた。多少小っ恥ずかしい言い回しだが、いかにも2人だけの時間といった感じだ。実際この2人以外、客はいない。

 それはそうとして

「それはそうとして、そろそろだね」

 ああ、

「そうだね」

 2人は窓の外に目をやった。

  国道、車は一台も走っていない。窓の割れたビル。電信柱にぶつかってひしゃげた軽自動車。シンとして不気味だ。

「いかにもって感じだな」

どちらかが言った

「いかにもって感じの敗退的光景だ。見てると不安な気持ちになってくる」

 男が不思議そうに言う。

「不思議だよな。不安って未来を予想してなるものだろ」

 でもさ

「もうすぐ世界が終わるんだよな」

 未来がないのになんで不安になるんだろうな。

 しばらくの沈黙の後また口を開く。

「みんなどこ行ったのかな」

「死んだか、生きてるかだよ」

もうすぐ世界は終わる。避けようもなく、変えようのない未来。というか数分後だ。世界は終わる。

「世界が終わるって言う度に笑っちゃいそうになってむず痒い気分になっちゃうんだよな。突拍子もないことを言うことによる笑いってあるけど、それを真剣なトーンで言ってるせいだろうな」

 続ける。

「あと、世界が終わるって言葉自体イマイチピンとこなくて気持ち悪いんだよな。個人が死ぬとか地球が終わるってのならまだわかるけど、世界なんてイマイチなんなのか分かってないから、そんなものが終わるって言われてもモヤモヤするよな」

 しばらくの静寂の後、半笑いの声で返事聞こえた。

「相変わらずよく喋るな、君は」

「今更変えたところでね」

 と男は自嘲気味に答えた。

「そうだね」

 深く呼吸をする。

「にしても、ここ最近で色々あったね」

「犯罪が流行ったり、自殺が流行ったり、変な宗教が流行ったりな」

 店内は薄暗い。

「全裸でカエル跳びしてる集団はなんだったんだろうね」

「流行りだったのかな」

 青い空ではゆっくりと雲が流れていた。

「もうすぐだな」

 もう世界は終わる。

「じゃあね」

 薄暗い店内からは音が消えた。2人はやっぱり、窓を眺める。相変わらずの敗退的光景。空も変わらず青い。視線を向かいに座る男へと戻す。

「微妙に時間、余ったね」

3.2.1





 暗転。世界は終わった。

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