(33)殿(しんがり)
「内田さん、大丈夫ですか」
山ノ井の駆ける音が聞こえる。だが、それに追従することは叶わない。持てるもの全てを
剣を軸に、体を回す。その説教の主は今、山ノ井の腕の中で眠っていた。
「おい、無事なのかよ、そいつ」
「はい。消耗はしているようですが、息も心音も
山ノ井が、いつもと同じ穏やかな口調で語る。それだけで、
「よし、撤退しよう。急がないと、ハバリートと戦うことになってしまう。土柄、近くに巨大な敵は来てないか」
「はん、五キロ南にふとかとのおったい」
こういった時の方言ほど辛いものはない。だが、事実は事実として認識する必要がある。五キロ圏内ということは、昨日の飛行速度から考えても追いつかれるまでに時間はない。
「山ノ井と水上はここで内田を
矢
「山ノ井は内田を
「ですが」
「大丈夫だ、山ノ井。
震える山ノ井であったが、交代という一言に少しだけ緊張が緩んだ。そして、
決まれば後は行動するだけである。私と渡会は四人の影が森の奥へと消えてゆくのを見守ってから、ゆっくりと前へと進んだ。
「しっかしよ、おめぇも無茶するよな」
「無茶って、何の話だ」
「おめぇ、体力も技力も
「ま、そんな感じだな。それでも技力はこいつで回復できる」
ポケットから
「何だ、そりゃ」
「
「ま、それじゃ戦えるのは精々十分ぐらいだな。おめぇの体則はそんなに強くねぇんだから、気をつけろよ」
「渡会もな。体力がなくなりかけてるのはお互い様だろう」
渡会が不敵に笑う。そんな
「ま、骨ぐれぇ、先生が拾ってくれるさ」
「その前に、戦うだけ戦わないとな」
決心は着いている。後は迎え撃つだけだ。司書の剣を抜く。意識だけは集中し、技令を放つ準備をする。上空に緊張が走り切っているのが何よりの証拠だ。
来る。
「ほう、その傷ついた身体で何をするつもりだというのだ」
天頂で枯葉が
その中でハバリートは地上へと降り立った。
「やべぇな、こいつぁ」
見れば、表情だけでなく拳も固まっている。それ以上に、膝が笑っている。その笑いは
「完全には回復できなかったようだな、ハバリート。まだ、羽に
「はっ、死に
半狂乱となっていても、ハバリートの分析は的を射ている。あまりにも無残な現実の中で、しかし、
「
「へっ。感情だけで戦える奴じゃねぇさ、こいつは。おめぇ、何も分かってねぇな。目的の為なら、自分の命も
「なら、貴様は
「馬鹿言うんじゃねぇよ。俺はてめぇに勝てると見越してきたんだ。てめぇなんざ、俺達の敵じゃねぇえさ」
「ほう、分析もできぬ
「馬鹿はてめぇだろ。
渡会は
「小僧、ならばこの一撃を耐えきれるか」
ハバリートの足下に複雑な線が広がってゆく。
「
「二条里、今だ。活魚陣を中心から少し外して放て」
渡会の声に合わせて光陣を放つ。直線の光が比して弱々しく、それでも
その時、
「
徐に渡会が中空を突いた。合わせて黄緑色の気が渡会の拳より放たれる。技令とは異質な、完全なる体則の気。その微々たる閃光が光陣の中央を
「馬鹿、な」
「貴様、何をした」
「色の中心を撃って技力の偏りを無にしてやっただけさ。技令ってのは技力が偏るから攻撃になるんだ。それが無になった瞬間、残りの技力は発動中の別の技令に集まる。ただ、それを利用してやっただけさ」
笑う渡会。だが、その眼は
「渡会、目は大丈夫なのか」
「大したことねーよ。あんまり使いすぎっと失明すっけど、一回なら問題ねぇ。ま、
確かに、渡会の
「渡会、
「馬鹿言うな。俺は戦える」
「安らかなる香りをかの者に届けよ。その甘き香りと共に
私の技令と共に、渡会が
「二条里、なに、しや、がった」
「弱度の睡眠技令を破れないんだ。少し、休んだ方がいい」
「へっ、二条里、らしい、な。ま、かかった、ん、なら、しかた、ねぇ」
渡会がその場に崩れる。その渡会の背に校長先生の技石を一つ乗せ、静かにハバリートの方に向き直った。
「貴様ら、この私をどれ程
ハバリートの
「だが、よもや貴様らに残された力は貴様のちっぽけな武器と技力と体則だけ。我が
ハバリートの言葉は不条理ながらも真理である。それを
初撃は左の
「ダブル・カッター」
ハバリートの爪がその手より放たれる。鋭い刃が直交して襲いかかる。剣を立て、一気に突く。右の
その時、
「
言い残したハバリートは空へと舞い上がった。この瞬間、向こうの勝利が確定した。
先程の渡会の攻撃も今までの
それでも、前は油断したハバリートに
「ダブル・カッター」
二本の爪が放たれる。風を切る音と共に私を襲う。初撃、右の頭頂部を
だが、身体が宙を舞った。衝撃がそれを追う。理解は追いつかない。だが、ハバリートの
世界が
「死なぬか。しかし、その様では何もできまい」
ハバリートの笑い声が山脈を震わす。頭が
「まあ、よい。そこで仲間と自らとこの星の死を見守るがよい」
死という単語に、一瞬だけ脳が
だから、私は左手を技令で固定し、弓を召喚した。
「追わせるか」
司書の剣を弓に番う。弦を残る右腕の力全てで引き絞る。月光に照らされるハバリートの身体。ならば、月を射ればいい。
「力を貸してくれ」
流星が一筋、地平に
「ぐうぅ」
「剣を矢にするだと。おのれ、技力をわざと残しておったな」
「はは、ざまあ、みろ」
「なれば、頭より
ハバリートが直線となって来る。だが、思惑通りでしかない。喰われればその体内に技令で毒を
ハバリートの口が大きく開かれる。あれならば、上半身は入るだろう。
それにしても、時間が遅い。音も風も光さえも遅くなっている。
ただ、惜しむらくはあの天空の光をもう少し見たいものであった。
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