(32)英雄の因果

「作戦について説明を始める」


 夕刻、司書の塔に近い森の中で、私達は円陣を組んで座っていた。リミットまではあと少し。太陽がかげろうとする中、砂上の楼閣のようにもろい自信を以って語り始めた。


「まず、防衛線だ。内田を救うまでの間にハバリートに襲撃されればひとたまりもない。そこで、土柄は私達が作戦を実行している間、超音波技令で索敵をしていてくれ。とりあえず、大きな獲物が来ないか探してほしい。それから、山ノ井にはこの技令陣をこの一帯に構築してもらいたい。解呪には八卦はっけの陣形技令が必要なんだが、私だけの力ではどうにもなりそうにないんだ。そこで、この空の技石に八つの力をめて配置しながら、布陣してほしい」

「八つの力ということですが、どのような力を組みますか」

「対角線上に、火と水、土と風、光と闇、日と月の八つがいいと思う。八卦はっけの陣は陰陽のバランスを均等にしないと構築できないんだ。それには、山ノ井のバランスのとれた技令が丁度いい」


 山ノ井が強くうなずく。意味を言えば、流石、山ノ井には明確に伝わる。


「それから、水上にはかなりの無理をしてもらう。一言で言えば、エクスカリバーを召喚してほしい」

 一瞬で水上の顔から血の気が引く。無論、私も無理は承知だ。だが、司書の剣と同等以上の力を持つ武器となると、草薙くさなぎの剣やエクスカリバーぐらいしかない。それに、陰の呪いを打ち破る以上、聖剣と言われたかの剣が何としても欲しかった。


「にっちゃん、さすがにそいは」

「ああ。水上一人の力では無理だ。だから、周囲の技力を集める技石と、技令の工程を縮める技石を準備しておいた。それでも無理なら、ありったけの力をめた武器の原型を作るだけでもいい。それに陣形技令の力を叩きこんで、英雄の力を持つ剣を作る。それに、賭ける」

「二条里にしちゃあ、無茶振りがすげぇな。で、俺は何すんだ」

「簡単な話だ。私と一緒に内田と戦ってもらう」

「おぅ、そんなら簡単だな」

「だが、殺してはいけない。誘導して、陣に誘い込む。そこで司書の剣の宝玉を破壊し、八卦はっけの陣で呪いを解く。その間は、渡会一人での戦闘になる」


 厳しい現実を突き付けても、渡会は笑っている。ただ、馬鹿にしたような笑いではなく、やる気を前面に押し出した笑いだ。私も、それには少しだけ応える。そうした上で、四人と一人に言った。


「初めてこの五人で組むことになったが、本当はもっと別の時にしたかった。それに、私が隊長っていうのも面映ゆい。ただ、今晩は内田を救うために力を貸してほしい。そして、今度は内田を加えた六人で戦えるようにしていきたい。頼む」


 頭を下げる。こうして頭を深々と下げたのは、二年生になって図書部に加入して以来のことである。だが、あの時と今とではその意味合いも関係の深さも全く違う。そのような私の感慨を知ってか知らずか、土柄が全てを突き破った。


「皇国の興廃この一戦に在り」


 場が笑いで包まれる。だが、これでいい。笑顔と真っ直ぐな目を見れば、それだけで意思が通じたことは伝わった。

 笑いの後、私達は無言で持ち場に着いた。何もない無言ではなく、信頼を乗せた無言で。




 司書の塔から五十メートルほど南に、内田の石像は存在していた。だが、その石の呪縛は既に弱まりを見せており、間もなく破られるのは火を見るより明らかであった。


「つーか、俺もおめぇもヤバいとこ引いてるよな。石化が解けたら相当ヤバいぜ、これ」

「昨日、剣圧だけで十数メートルは飛ばされたからな。だから、色彩法の使える渡会を加えてる。単純な足し算なら負けだが、掛け算ならあるいは、と思ってる」

「まあ、流石にパッと見で分かるわけじゃねぇが、色彩法でも厳しいぜ、これ。色の流れが速すぎて掴めねぇんだよ」


 既に最初から計画が頓挫とんざしようとしているが、一応は計算済みでもある。だからこそ、貴重な校長先生の技石を二個も消費してまで水上にかける手間を省き、内田の誘導に全力を注いだのである。八卦はっけの陣の下拵したごしらえも山ノ井に任せた。これで駄目なら、後は辻杜先生の仕事になってしまう。


「とにかく、内田を守りたい。頼む」

「頑張りはするぜ。でもよ、倒せねぇ以上、俺はどうせアシストだ。めは任せたぜ」


 そう言って、渡会は低く構える。その瞬間は呆気なく訪れる。内田の爪先から灰色ががれてゆき、紫がとって代わる。ただ、それだけが合図だった。


「散りやがれ、三色点拳破さんしょくてんけんは


 流石、渡会の突きは鋭い。石化の解けた内田の動く瞬間、渡会の拳はその右肩を的確に捉えた。それと同時に、紫の霧がゆがむ。


「ちっ、大して効きやしねぇ」


 舌打ちするものの、昨日は閃光の勢いであった内田の動きが、何とか捉えられるようになる程、渡会の一撃は効いている。だが、休む間はない。渡会の二撃目に合わせ、私も鶴翼かくよくを放つ。


「二条里、こいつぁ」


 渡会の身体が中空で止まる。正しくは、内田に拳を当てた状態で静止する。異常は見れば明らかだ。見れば、渡会の腕に紫のもやが絡み付いている。

 もやと内田の合間をってりつける。重たい音とともに、渡会がその場に崩れ落ちた。


「とんでもねぇ奴だ。ありゃ、普通の技令じゃねぇ。全てを凍らせてしまうような、封印しちまうようなひでぇ気だ」

「凍るって、氷の技令か」

「そんなんじゃねぇよ。血から何から止まっちまうんだ。空気も何も。そんなバケモンを砕くんだ。骨だぜ」


 そう言いながら、渡会は左腕をぶら下げたまま内田に飛び込む。今度はもやのやや外側を狙うが、変化はない。その合間に内田は剣を振るう。跳躍ちょうやくして受ける。刹那せつな、背筋、いや脊髄せきずいに冷感を覚えた。


「風の柵」


 間もなく、放たれる風。宙に舞い、その猛威を受ける。眼下では渡会が肩で息をしながら、必死に間合いを探っている。この瞬間、内田は空く。斬りかかろうとする。走らせる。


「押し返せ、渡会。活魚陣」


 光陣を放った瞬間、大木に背中から叩きつけられる。鎌鼬かまいたちによる全身の創傷そうしょうに、延髄えんずいの鈍い動き。それだけで、意識が飛びそうになる。だが、それを抑えながら跳び、私も内田にりかかる。


風韻斬ふういんざん


 三歩の間合い。必殺の位置で内田が神速の剣を放つ。これを受けることも、退くこともあたわない。渡会こそ、鋭い跳躍で回避するが、そのような力は私にはない。脇腹をえぐられる。転げる。

 痛みはまだ鈍い。倒れた敵は置いておくのか、渡会に向かって内田は跳躍ちょうやくする。が、光陣に気づき、軌道きどうを後ろにらす。その瞬間を、私はとらえた。


流星りゅうせい剣」


 肩の力だけで、剣を振りぬく。それと同時に、剣圧が内田の足元を襲う。空中で爆発を起こした光は、そのまま内田を煙で包み込んだ。


「な、何なんだ、こいつ」

「司書の剣に陣形技令の力をめて振るっただけだ」

「げ、それでこんだけの威力かよ。速ぇし、ひでぇ技じゃねぇか。つうか、そんなことできんのかよ」

「内田も司書の剣に風技令を伝わせて戦っている。だから、陣形技令でもできないわけがないんだ。ただ、これで決まったわけじゃない」


 言うより早く、内田は煙霧えんむの中より姿を現す。ただ、渾身こんしんの思いと体則と技令をめた一撃は、内田の足元に広がるもや幾分いくぶんるがしていた。


「なるほどな。足をくだけば司書の剣に操られてるっつっても、威力も速度も落ちる。所詮しょせんは人間の身体だからな。うめぇやり口だな」

「多分、これでしばらくの間は二人で五分に近づけるはずだ。だが、時間がない。内田が回復してしまう前に」


 これ以上、渡会も待ってはいなかった。内田を拳で以って押し返す。内田もそれを剣と風圧で返そうとする。私はその風を打ち消し、陣形技令で渡会をまもる。暗黒の森に広がる剣戟けんげきの調べは、いにしえの決闘のごと天頂てんちょうへとけ上らんとする英雄の光の下に、私達は光陣の中へと飛び込む。


「山ノ井、できたか」

「はい。完成しています。技石も各門に配置しました」


 光陣の中心で山ノ井と交代する。技令を帯びた細長い白木のくいを片手に、山ノ井も応戦する。さらに、山ノ井は技令で渡会を強化し、力を拮抗きっこうへと導いてゆく。光の衣を帯びた渡会はその速さで以って、内田を翻弄ほんろうしようとしていた。

 その中で、私は陣を抜け出し、静かに陣を発動させる。しかし、完全に発動させては単なる攻撃となってしまう。ただ引かれた線に陣形技令の力を流し、発動の直前まで持って行く。これで、簡易の結界となる。その上で、私は水上に駆け寄った。

 だが、そこにあったのは力なく項垂うなだれ、細い光の棒を持った少年の姿であった。


「にっちゃん、やっぱり、俺には」


 水上が口をつぐむ。あきらめてはいけないという意思表示なのだろうか。が、その目に力はなく、聖剣など望むべくもない。漆黒しっこくは深きをよくとらえている。思えば、最もこくであるのは彼であった。手に余る召喚を私は彼に求めた。下手をすれば召喚したものの力に抗いきれず、彼自身が消滅してしまう可能性すらある。その時点で、よもや目に光などなかったのかもしれない。

 しかし、無い物強請ねだりは彼に始まったことではない。戦いから築陣ちくじんまで、この作戦は無理しか存在しない。それに、命あやうきは目の前の彼女も同じである。少しずつ力を増す彼女の一撃は、その度に、彼女自身を痛めつける。見れば、剣のつかわずかに赤い。


「水上。無理は言わない。だが、君の全ての力が欲しい。それだけだ」

「にっちゃん」

「エクスカリバーは仮令たとえ無理でも、幻想種でもなんもない剣の型なら呼び込めるはずだ。今、水上の力は陰陽のバランスが取れている。なら、できるはずだ。大きな力を秘めた、剣の召喚が」


 躊躇ためらう水上。が、予想以上に事態は逼迫ひっぱくしている。先程の攻撃がえてきたのか、内田の攻撃に鋭さが戻り始める。それに、先程から土柄の表情が険しい。よもや戸惑とまどいは許されなかった。


「水上、聞け」


 ズボンのポケットから技石を一つ取り出す。少し鈍い赤色が光陣の輝きによって映し出される。


「いいか、この技石を口に含んでやってみてくれ。この技石は校長先生から貰った技石で、水上の並行世界にある技力をき集める。無限の技力だ」

「だけど、才能が」

「それなら大丈夫。辻杜先生が認めたんだ。力さえ足りれば十分なはずだ」


 水上が硬直する。しかし、一瞬。彼は力強くうなずくと、私の手から石を奪い取り、口の中に含んだ。


「かの者にふさわしき剣を与えよ」


 周囲の技力が水上を中心に渦巻く。詠唱えいしょうの始まりとともに、水上の表情は険しくなってゆく。額の汗が、その困難を物語る。

 だが、今の彼の眼には意志がある。意志がある以上、形にならないはずがなかった。


「我々に幾万いくまんもの勝利を。この万世ばんせいに平和を。光の剣」


 詠唱えいしょう完了とともに、水上の手に光の渦が巻く。彼の手は今、全ての疑心ぎしんを振り払い、現存しない理想を掴むべく格闘している。

 格闘を繰り広げているのは渡会も同じだ。山ノ井も同じだ。土柄も同じだ。大脳を切り裂く高音と、眼前の激闘が何よりの証拠だ。この身震いしたくなるような状況の中、私も意識を集中させる。

 細やかだった風の音が止む。水上の手には輝く剣。実体はない。しかし、澄んだ力が見える。


「これなら、にっちゃんも」


 水上がその場にうずくまる。無理もない。過度の技令が身体をむしばむのが見て取れる。だが、かける言葉はない。ただ、彼から剣を受ける。目を閉じる。集中する。

 拳と剣の混じる音が聞こえる。渡会が身をして戦っているのが分かる。なら、私は闘わねばならない。

 簡単な話である。彼女も先生も、英雄の技令だと言っていた。世界をくつがえす力を持つのが英雄であるのならば、このような剣を壊すのも容易たやすいはずである。故に、私はあの光に賭ける。

 彼女と出会ったあの日、月光の下で放った一筋の光に。


「この剣の下に、集え、英雄の光よ」


 目を開く。

 渡会が削がれた左腕の下より右手を繰り出し、内田の鳩尾みぞおちに深々と入れていた。


「私の名は二条里博貴。う、数多あまたの英霊よ。彼女を救うべく、その力を私にさずけたまえ」



 海馬の奥で撃鉄の落ちる音がする。



天帝てんてい宝玉ほうぎょく、封印解除」




 脳裏のうりかすめた瞬間、変わった。

 轟音ごうおんの下に、水上の剣はかげを転じる。細身のその刀身は野太のぶとく変わり、白金はっきんだった輝きは黄金おうごんに変わった。持っているだけで、全ての力を持っていかれそうで、しかし、どこか懐かしく、とこか悲しい重みをたたえている。その世界をりっするかのような剣を両手で構え、私は内田と対した。

 うずくまる彼女は苦しそうに、背を曲げている。見ているだけで声を上げたくなる。そのような甘い感傷は心の奥に押し込め、私は最後の一手を放った。


「各位に鎮座ちんざする守護者たちよ、我が友をまもるべく、その力を貸し与えよ。八卦はっけの名の下に陰陽をかち、八つの力を以って仇敵きゅうてきを討つ。八卦はっけ陣」


 山ノ井の技令陣に残る技力を全て注ぐ。滔々とうとうと流れる光の力は各門の力と調和し、光陣を形成する。その光陣の中央には内田。五門の光を受け、中空に舞う。その場所を目掛け、駆ける。開かれた三つの門よりあふれ出る呪いをぎ払い、閃光となって宝玉に着弾する。

 わずかに、目を閉じる。その先に見えるのは白銀の羽であった。

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