(31)反転

 午前三時、私は諫早いさはやインターの出口付近で運よく辻杜先生と合流した。話によると、変事を感覚的に察した先生は急ぎ南下していたそうである。


「そうか。それは不味いことになったな」


 事情を説明したところ、辻杜先生は平然としながらも言った。ただ、マルボロの赤い箱を開けず、そのまま握りしめている。


「で、お前は何か策があるのか」

「はい。解呪の方法は聞きました。成功の確率は低いですが、やってみたいと思います」

「そうか。なら、それがどうなるかを見届けるまでは、俺は出動を控えよう。ハバリートも深手を負ったなら、回復まで動かんだろうし、雑魚の一掃だけを続けよう」


 先生は『出動』という一言を何気なく使ったが、技令に疎い辻杜先生が動くということは、間違いなく、内田を『消す』ということだ。先生は明らかに覚悟を決めている。その証拠に、辻杜先生の表情はいつになく冷ややかであった。冷酷でこそないが、そこには、一介の戦士として情を捨てた男の姿があった。


「ただ、その作戦はお前だけでは荷が重いだろう。内田は動いているか」

「いえ。先程から動きを止めています。老婆が去り際に教えて下さったのですが、こうした時のために、司書の塔の周辺には石化の罠が仕掛けられているそうです。しかし、それがもつのも翌日の日没までだそうで、それ以降は野に放たれた獣同然となるようです」

「そうか。なら、明日は図書部を動員しよう。ハバリートも回復してしまうだろうが、仕方がない。特に、色彩法を操る渡会や召喚技令を使う水上、生粋の技令士山ノ井は前線に投入する」

「え、山ノ井も技令士だったんですか」

「前に言った通りだ。土柄は音の技令の使い手。木國は生粋の肉弾体則士。今上は火炎技令剣の猛者。そして、山ノ井はお前や内田にこそ及ばんが、陽の技令を中心にした基本技令の秀才だ。その指揮権をお前に全て預ける。お前が作戦を練って、思いの通りに内田を解放してやれ」


 気が重い。不安は尽きることを知らない。それこそ、突如とつじょとしてこの現実を突き付けられ、皆は正直に手伝ってくれるのだろうか。最も根源的な恐れが二つ、私の心臓を掴んで離さなかった。


「何の心配をしているかは知らんが、お前は少し休め。無鉄砲に突撃して、今まで休みなしだったんだろう。俺が車で市街までは送ってやる。休息も、戦いには欠かせないものだ」


 この一言と共に、強い眠気が襲う。思えば、もう深夜は四時近くである。心はもっても、頭は休みを欲していた。




 翌朝遅く、辻杜先生は図書室にくだんの部員を集結させた。見れば、二年生のほとんどと一年生の半数ほどがいる。無論、四天王はその中でも浮いた存在となっている。だが、面々は来るべき時が来たというような覚悟を決めた面持をしており、様々な武器を握りしめ、辻杜先生の話を聞いていた。


「概要は話した通りだ。今晩、ハバリートを牽制しながら内田の呪いを解く。そこで、今回は戦力によって部隊を二つに分ける。第一隊は一年生の全員と後述する者を除いた二年生だ。お前らは、俺の指揮下でレデトール人の侵攻を食い止める。いいか、勝つために戦うわけじゃない。食い止めるだけでいい。この中でレデトール人と互角に戦えるのは少ないからな。それから、第二隊は山ノ井、渡会、水上、土柄、二条里の五人で内田の呪いを解け。隊長は二条里、副長は山ノ井とする。いいか、司書の剣に支配された技令士は能力が飛躍的に上がっている。無理をするなよ。それと、作戦続行が不可能となったら俺に連絡しろ。その時には俺の手でほうむる」


 ざわめく。無理もない。辻杜先生は味方であった人間を容赦ようしゃなくほうむる覚悟でいるのである。それに、辻杜先生が直々じきじきほうむることができるほど、内田の能力は上昇しているということでもあった。明らかに、戦いのレベルが違う。そのことが誰の頭の中にも思い起こされたのであろう。


「先生、常任委員長は山ノ井先輩ですが、なぜ、隊長は二条里先輩なんですか」


 その中で、勇敢ゆうかんにも一年の阿良川が先生に向かって質問する。少しだけ声が上ずっているが、戦いを前に緊張しているようでもあった。


「レベルの問題と、解呪法を知っている点を考慮した。この中でレベルが高い奴等を第二隊に集中して配置したが、その中でも二条里は一段階上だ。技力だけで言えば、さらに差は開く。だからこそ、二条里に託す」

「ということは、私達は弱小部隊で本隊に挑むんですか」

「ああ、安心しろ。俺が指揮をる以上、いいレベル上げの場にしてやる」


 阿良川の顔から血の気が引く。それはそうだろう。いくら辻杜先生個人の能力が高かったとしても、直接戦えない以上、命の危機は避けられるものではない。だが、辻杜先生の顔には不安の一つもなかった。


「それより二条里、お前に勝機はあるのか」


 辻杜先生の質問に対し、私は一度だけ息をんだ。


「はい。仲間と技石と作戦で、薄氷の上を歩くような状態ですが、わずかにあります」

「そうか。なら、任せよう」


 頭の中で組み立てた作戦を反芻はんすうする。単純に内田を倒せばいいというわけではない以上、いくつもの工夫が必要であった。それでも、この作戦会議の前には立案し、実行に移すだけの状態にしてあった。


「それじゃあ、行くぞ。第一隊は俺が今から車で送ってやる。残りは俺の知り合いがバスで迎えに来るから近くのバスの車庫に向かってくれ。こいつらを下ろしたらぐに向かうから、それまでは副長の今上の指示に従って防御陣地の構築を行っておくように。以上、解散」

 

先生の一言と同時に、皆が散り散りになる。私達五人はその中で辻杜先生に従い、ワゴンへと乗り込んだ。


「カミさんの車だからな、汚したりするなよ」


 そう言いながら、車は動き出す。車内の空気は少し重いものの、酷く深刻という程でもなかった。気心知れた五人である。不安以上に安心感が少しだけ勝っていた。


「しっかしよ、本当に二条里だけ知らなかったんだな、図書部の意味。俺はてっきり、知ってて参加してるもんだと思ってたぜ」


 渡会の一言に、思わずうなれてしまう。それもそのはずで、他の面子は私が先の室内に入ると、やはり来たのかという表情をしていた。その中で私は一人、これほど多くの部員が技令士や体則士だったのかということを知り、衝撃を受けていたのである。


「まあ、二条里は人から発せられる技令の気配を読む能力がまだほとんどついていないみたいだからな。それに、こいつだけは二年生からの参加だ。説明を忘れていた俺のせいでもある」

「ですが、二条里君の技力は非常に強いですね。素養があったのは分かっていましたが、ここ数ヶ月でこれ程成長されるとは思っておりませんでした」

「まあ、二条里の場合、きっかけが必要だっただけだ。後は放っておいても成長することは分かっていた。まあ、二条里はほとんど今まで、レベルが上の敵を相手にしているからな。そういった意味では、運に恵まれてたな」


 辻杜先生は笑いながら話すが、その修行方法は一歩間違えば死が待っていることを付け加えたい。横で寝ている土柄のいびきも気にかかるが、そのようなものは脇に置いておく。


「でもどうやって助ける気なんだ。俺が聞いた話からすっと、どう考えても詰んでんだろ」

「さっき言った通りだ。成功するかは分からないが、やるだけのことはやる。水上の召喚技令と渡会の色彩法が主軸だから、頼む」

「おめぇはどうすんだよ」

「私はそれを全部まとめ上げる。前提条件は三つだ。一つは内田を倒すこと。二つ目は司書の剣の宝玉を強い武器で破壊すること。そして、三つ目は解呪の技令を用いること。この条件を満たすのに欠かせないのが二人であって、後の私を含めた三人もいなければ作戦は成立しない。詳細は現地で話すが、全員で内田を助けよう」


 退路はない。実際にはありはするのだが、それは彼女を見捨てることになってしまう。そうである以上、ここの五人は談笑しながらも、背水の陣に自らその身をさらそうとしていた。

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