(20)闇の中の光
それから、私と内田は急いで水上の家に向かった。しかし、彼はまだ帰宅していなかった。使用したルートは水上が普段用いているルートであった以上、追い抜いたとは考えにくい。そのため、水上がルートを
仕方なく一旦家へと戻り、そこで夕食を摂った。既に、時刻は八時を前にしている。しかし、幸いなことに母親はひどく疲れていたようで、早々に床に就いた。就寝を確認し、私達は部屋の窓から外へと出る。
「しかし、無用心な方法だよな。泥棒でも入ったらどうすんだって、話だよな」
「それなら大丈夫です。簡単な結界を張っておきました。気配が消えてしまっているので、余程でなければ侵入されません。それよりも、水上さんを探す方が先決です」
「ああ、分かってる。だが、手がかりが全くない」
「いえ、一つだけ手がかりを見つけました」
そう言うと、内田は一つの石を取り出した。
「技石か」
「はい。食事を摂っている間に、この技石で位置を探ってみました。その結果、学校よりさらに山の方に水上さんらしき気配が得られました」
「学校より山の方、ってことは
「詳しい地名は分かりませんが、博貴の仰る場所で合っているのではないかと思います」
階段を恐ろしい速さで駆け上がる。恐らく、現状としては車よりも速い。それでも、遅く感じられた。焦る気持ちが景色を
「博貴、どうやら当たりのようです」
内田の言葉の先に、
「恐らく、水上さんの召喚技令によるものです。元々あった素質に、
内田の言葉に息を呑む。おかしな言葉の繋がりがちらほらと聞こえるが、頭は信じるのを拒否しようとする。
「博貴、速やかに突破します。発動が明らかになった今、止まるわけにはいきません」
内田が、召喚獣の中に身を投じる。私はその後ろで集中する。今は、剣で細かくやりあっている場合などではない。この一瞬に限っては、圧倒的な光の力で道を
「内田、かわせ。鶴翼陣」
「博貴、次からは注意と呪文の間にもう一拍開けてください」
内田の息は上がっている。だが、気にしている余裕はない。構えを解くと、そのまま坂道を一気に駆け上がった。
丘に立つ。片方は木々が連なり、丘を境に片方は海が連なる。後方の人工物も、前方の人影も、何もかもが異質だ。既に、周囲の気ははちきれんばかりに満ちている。その中で、水上は一人、雄たけびを上げていた。
「やはり、状況は相当に厳しいようですね」
内田は真直ぐに剣の切っ先を向ける。昨日のような余裕はない。明らかに、殺気を放っている。
「内田、そんなに殺気を」
「手加減をしている場合ではありません。気を抜けば、殺されるのはこちらです。それ程、水上さんと
「本を燃やし尽くせば」
「もう、本に力は残っていません。全て、水上さんの中に移ってしまっています」
確かに、本に技令は残っていない。あるのは、影と闇に包まれた水上の姿。それを見ただけで、相当に状況は
「なら、祭壇技令で」
「この状況で祭壇技令を用いれば、
辻杜先生は冊数が多ければ危うい、と言っていた。その実際が目の前に展開している。何もかもが最悪の事態を想定させる。何よりも、内田の構えがそれを実証している。
「水上を殺す気なんだろう、内田は」
「ええ、止むを得ません。ただ、勝つことができれば、という条件がつきますが」
「辻杜先生が、術者を倒す。それまでは」
「
既に、内田は必殺の気合を込める。秋風は冷ややか、丘の草木を
「博貴、もしも本当に水上さんを救いたいと思われるのであれば、考え、イメージされてください。貴方の思いは技令に影響を与えやすい。ただ、私と博貴の力では
言うなり、内田は水上に斬りかかった。影がそれを迎え撃つ。水上の上空には暗雲が渦巻き、次々と異世界を具現化する。
「内田、後方を守るから、進め。
内田が頷くと同時に、
「背中を守られるというのは、気持ちのいいことですね」
内田の言葉に、少しだけ身体が
私も剣を抜き、水上に斬りかかる。
「私としたことが、気を抜いてしまったようですね」
内田の背後に迫っていた双頭の鷲を狩る。攻撃は止まない。次々と召喚獣の群れが襲い掛かる。集中する暇を敵も与えようとしない。与えない先に何が待つのかも知らずに続く。学生服のボタンが少しだけ光った。
「常軌を逸しています。自然にある技力を吸収して利用しています。これだけの召喚技令は見たことがありません」
内田の睨む先には、まだ、召喚獣が十数体はある。一方、こちらの一撃の威力は落ちている。このまま、無為に戦いが長引けば負けるのは私達である。
「陰の召喚に偏っていますね」
「陰ってことなら、光とか火みたいな陽の技令で吹き飛ばせはするな」
「ええ。ですが、水上さんを狙えば、一緒に吹き飛んでしまいます。召喚獣はそれで大丈夫でしょうが、
内田はそこで口を
一番いいのは、やはり祭壇である。だが、祭壇では何もかもお構いない無しに吸収する。それでは、水上が溶けてしまう。
召喚されたカラスが飛び掛ってくる。三羽を斬り捨てる。一羽が脳天を
単純に言えば、技令だけを溶かしてしまえばいい。正しくは、昇華させてしまえばいい。今ある水上の技令を全て使わせてしまえば、それでいいのだ。後は、それを循環させない。循環させれば、意味はなくなるのだ。陰の傀儡技令に焦点を絞り、全てを奪いつくす。そんな、技令。
それには、やはり陽の技令が不可欠だ。圧倒的な陽の力で、陰の気を自然に戻すしかない。影は光があって始めて成立する。だが、圧倒的な力は全ての影を消してしまう。
陣形では駄目だ。陣形は光の線。線では断ち切ることしかできない。空間。存在。そうしたもので包み込むしか、方法はない。それこそ、闇の
両の足を大地に突きたてる。司書の剣を丘に刺す。三本の足で
頭上を数羽のカラスが舞う。後方には、黒い
簡単なイメージだ。技令の力を光に変える。エネルギーに変えることで、全てを失くす。天地を貫く光に変え、世界を照らす光とする。そう、柱のように。
見据える。一瞬だけ、召喚獣が退く。しかし、そのようなものは本当に一瞬でしかない。漆黒が群がる。その中で、両手を天に掲げた。
「全ての力を
詠唱を終える。瞬間には変化はない。だが、次の間合いには漆黒が私に参集し、身体の中へと入り、光となって天空を貫いた。
「円柱、技令」
内田が振り向く。その刃は水上の心臓の上。まだ、貫いてはいない。逆に、そこから黒い霧が生じ、私へ向かって襲い掛かった。
拍動が上がる。劇的に身体が焼かれる。身も心も引き裂かれそうになる。それを、親友の目だけを見据え、耐える。内田が何かを叫んでいるが、聞こえない。否、聞かない。聞いて水上の命が助かるのであれば聞くが、死に近付くぐらいであれば、貸すような耳はない。この戦いは自分との闘いなのだ。甘言に乗って負けようものなら、自分は不要なのだ。
光が闇夜を照らす。目が
光が止む。闇は深い。しかし、それは漆黒の影ではない。土の匂いの微かに浮ぶ宵闇であり、その中に、水上は倒れこんだ。それと同時に、私も、土を抱いた。
「博貴、何という無茶をされるのですか。円柱技令など、博貴の身に余ります」
「あ、う」
声が出ない。喉が少し焼けている。もうそうとう暗いのにもかかわらず、内田が紅潮しているのが分かる。
「これで、二度目ですよ。五大技令を素養もなしに安易に用いるなど、言語道断です。貴方の命に関わるのですよ」
「みな、が、が」
「水上さんは無事です。博貴の技令のおかげで、
「よ、かた」
深く息を吐く。私は、水上の命を守ったのだ。何気ない日常こそ守ることはできなかったが、最低限のラインである生命は守ったのである。辻杜先生の一言を噛み締め、焼け付いた心を、少しだけ潤した。
「全く、博貴は世話の焼ける方ですね」
身体の下を両腕が通る。眼前に星空が広がる。そう思ったのも束の間、少しだけ首が浮いたのを感じると、私は温もりで包まれた。
「う、だ」
「私は回復技令を用いることはできません。博貴が回復されるまでの間、少しでも
内田の顔が目前にある。仰向けで、内田と同じ仲秋の空気を吸う。それだけで、少し元気が出るような気がして、同時に、少しだけ恥ずかしい気がして、ただただ、焼け付く喉に痛みを感じた。
海と町とを隔てる丘の上で、私と内田は無言のまま語り合った。
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