(19)傀儡の怪②

 翌日、私と内田は辻杜先生にあったことの全てを話した。校舎裏で、煙草をくゆらしながら表情を変えることなく、辻杜先生は聞いている。


「そうか。まあ、敵と戦略は読めた。恐らく傀儡かいらい技令の使い手である櫛田くしだ正三しょうぞうの仕業だろう。戦略は、俺の生徒を操り、命をとるためだ。技令であれば、俺ができまいとふんだ奴が、刺客として放ったのだろう」


 そう言うと、辻杜先生は空を見上げて、一思いに煙を吐き出した。空に輪ができる。


「二条里、内田、俺は櫛田を今晩中に討つ。お前らは、本を押さえるんだ。二条里が祭壇技令で吸収するのが一番早い」

「お言葉ですが、博貴は昨日の一件で祭壇技令による使用者としてのダメージを受けてしまいました。これ以上の使用は危険ではないでしょうか」

「大丈夫だ。昨日の一件でも後遺症は残ってないんだ。理由はよく分からんが、素質自体はあったんだろう。また使っても、大丈夫だ」


 辻杜先生の言葉に、内田は息を呑む。長い先生の経験から出された一言に、より重い説得力がある。とりあえず、その方法でいくこととした。


「先生、でも、貸し出されていたらどうしますか。それこそ集団で襲われれば、結構、きついですよ」

傀儡かいらい技令は条件を満たした瞬間に発動する。貸し出されていても、俺に関係しない奴であれば意味はない。恐らく、同じ方法でいけるはずだ」

「発動していた場合は」

「本の冊数によっては昨日と同じでいいが、多ければ危ういな。まず、動きが激しすぎて捉えられない可能性が高い。まあ、三十冊ぐらいを一度に借りる奴はいないと思うけどな。だから、分散した分については知り合いにも頼んでどうにかしてもらう。お前達は図書館にある分と、気付いた分だけでいい」


 辻杜先生の表情はやや厳しい。だが、目はいたって穏やかだ。辻杜先生は静かに火を消すと、そこから少しだけ黒い煙が漂った。

 放課後、いつものように図書室で仕事をする。仕事が溜まっている以上、休むわけにはいかない。内田も、山ノ井指導の下、新しく導入されたパソコンによる貸し出しシステムの説明を受けていた。今日は人数が少ないため、貸し出し処理を手伝うなどしていたが、それ以外はいたって普通であり、合間合間に祭壇技令の復習を頭の中で行っていた。


「そういや、今日は渡会も土柄も水上も来てないな。何かあったのか」

「水上君は病院の定期健診、土柄君は補習、渡会君はサボりだそうですよ」


 穏やかに山ノ井が言う。サボりは問題だとは思うのだが、山ノ井は平然としている。まあ、もう五時過ぎになっている以上、閉館は間近でどうでもいいのであるが。


「そういえば、二条里君はご存知ですか」

「うん、何かあったのか」

「それが、例のテロの影響で修学旅行が二月頃に延期になるかもしれないそうです」


 山ノ井の言葉に、ああ、と頷いてしまった。確かに、テロが国内でも起きるという心配は出ているようであり、保護者から安全が確保されるまでは延期すべきだなどという意見が出てもおかしくはない。そうなる可能性は最初からある程度予測していたが、山ノ井が言う以上、恐らく確定であろう。山ノ井は噂を軽々には口にしない。職員室での会議資料や話などを見聞きして察したのであろう。まあ、私には大して影響はないのであるが。

 それからしばらくして定刻となり、私達は解散した。いつもはこのまま帰途に就くのであるが、私と内田は揃って県立図書館へと急いだ。バスに乗り込み、市役所から走る。今日ばかりはそびえる上り坂がひどく物憂げなものに思えた。

 入館後、三階の開架へと急いだ。閉架への侵入はできないため、内田が閲覧申請を出してランダムに検証する。その間に、私は開架の棚に並んでいるライトノベル群と対峙し、祭壇技令で技力を吸い取ってしまう。先生の言うとおり、昨日のようにダメージを受けることはなかったが、少しだけ汗ばんだ。十分後、全ての技力を吸収したところで、私は違和感を感じた。


「博貴、閉架の方までは技令はかかっていませんでした」


 内田が駆け寄ってくる。


「内田、いくつかのシリーズが丸ごとない。合わせて三十七冊、そうした形で借りられている」


「シリーズ、がですか。ですが、偶々たまたまということはないでしょうか」

「結構、コアな作品ばかりなんだ。そして、こんな借り方をする奴を、私は知っている」


 内田の顔から血の気が引く。考えたくない現実が、しかし、脳裏をかすめた。


「水上なら、こんな借り方をする」

「ですが、三十七冊もあるのですよ」

「一冊十五分として九時間と少し。水上なら最短二日で読み干してしまう量だ。それに、今日のあいつの鞄は相当にかさばっていた。返却と同時に借りたと考えるのが自然だ」


 無論、普通であれば自然ではない。が、相手は図書部一の「本の虫」と称される水上である。どう考えても、最悪の事態しか想定できなかった。


「内田、行こう。水上の行方を追うんだ」

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