(15)戦の中の光

 階下に、老婆が待っていた。


「中央の塔へと参ろうかの」


 足音一つさせず、老婆は確りとした足取りで進む。先程までの暗さはこの塔の中にはなく、穏やかな光が包み込んでいた。


「一つ、いいでしょうか」

「この塔の光かの」


 老婆の鋭い推理に息を呑む。


「この塔は受験者の開花した技力によって、その様態を変える。あの内田という少女の時には、風が強く吹いていたの。しかし、このような光は感じたことはないの」




 大きな門が、眼前に現れる。壮麗そうれいな門は華麗かれいに装飾され、しかし、そこからはなぜか排他的なものはなく、何人たりとも受け入れられるような美しさがあった。


「行くがよい。お主なら容易い試験かも知れんがの」


 老婆の言葉に押され、私は塔の中へと入った。




 中は阿鼻叫喚の渦中であった。

 多くの人々が剣を交え、弓折れ、矢尽き、倒れる。倒れてもなお、人々はらいつき、争いを止めることはない。両目に矢の刺さった死体は、しかし、未だに舌を口から出し、わずかに敵へ向けて動かす。

 互いに腹部を貫きあった死骸しがいもあった。刃物でではなく、素手によってである。目を開いたままの二人は、何を求めたのか。

 頭蓋ずがいが割れてもなお、剣を杖に動く者もあった。それを背後から貫いたのは、卒塔婆そとば代わりの木片であった。その貫いた坊主ぼうずも、次の瞬間には絶命する。

 川は死体で埋め尽くされ、血は流れる場所もなく、そこで湖を成す。頭蓋ずがいき出しになった遺骸いがいを、それでもまだ、むしるようにする敗残兵もある。

 地獄じごく。その形容以外の言葉が思い浮かばない。その中で、私は呆然ぼうぜんと立ち尽くすしかなかった。

 何を成すべきなのかも分からない。何と戦うべきなのかも分からない。どのように戦うのかも分からない。むしろ、なぜ、戦うのかが分からないのである。

 その時、私は静かに剣をその場に刺した。目を見開き、その光景全てを収める。私は覚悟したのである。この空間を私は受け入れなければならない。戦うと決めた以上、私はこの空間から目を背けることはできないのである。そして、私は一つだけイメージを具体化した。この空間にないものを作ると決めて。燦然さんぜんと輝く太陽と、妖艶ようえんに浮かぶ月をこの空間に生み出そうと。

 漆黒しっこくに、太陽が浮かぶ。刹那せつな地獄じごくを青空が覆った。戦い続けていた人々は、天を仰ぎ、その場にうずくまった。

 しかし、その中の数人はゆっくりと立ち上がると、涙を流しながら微笑ほほえんだ。




「合格じゃな」


 笑顔を見ていると、私は司書の塔の入り口へと戻ってきていた。目の前には老婆と、内田が並んでいる。老婆の目はよく見るとひどく澄んでおり、私をじっくりと見つめていた。


「中央の塔の試練は、あの戦を収めること。普通の司書であれば、あの空間にある召喚体全てを撃滅し、それで終わらせる。しかし、お主はそこに希望と明日を与えることで収めた。完全な回答じゃ」


 老婆はそう言うと、なにやら言葉をつむぎ始めた。刹那せつな、私のポケットの中から力と知恵の二つの宝石が飛び出し、目の前で鳴動めいどうする。やがて、その宝石は形を変じ、鳴動が止む頃には、一振りの剣とさやとなった。


「汝、二条里博貴を第五七二代司書に任命する。そのあかしとして司書の剣をさずける。己が欲と怒りを排し、この技令の世界の秩序ちつじょ安寧あんねいを守るべし」


 目の前に浮かぶ司書の剣を手に取る。これもまた軽い剣であり、しかし、穏やかに技力をたたえている。しかし、次の瞬間には突如とつじょとして小さくなり、一振りの鈍い光を放つペーパーナイフへと変わった。


「さて、二条里の司書の試験は終わったがの、一つだけ、たずねよう」

「なんでしょうか」

「お主にではない。内田であったな、お主」


 そう言うと、老婆は内田の方を向き、静かな口調で訊ねた。


「お主、両親をここ二月の間に失っておるな。なぜ、その際に、司書の塔へと来ず、自ら危険な俗世へと向かったのじゃ」


 言葉を失う。老婆の言葉に、偽りがないことはこの一日で分かりきっていることだ。そうであれば、老婆の一言が真実であるならば、内田は・・・・・・。


「はい。両親をレデトールの手の者に殺されました。ですから、その仇を討つために、私は司書の塔へと戻りませんでした。そして、これからも辻杜氏の下で戦うつもりです」

「そうか。意思があるのであれば、止めるようなことはせぬ。ただ、何かあったら、すぐに戻ってくるのじゃぞ」


 老婆はそう言うと、静かに微笑んだ。その微笑みを背に、私達は司書の塔を後にした。




 外は既に、夕闇が覆おうとしている。その中を、私達は無言で帰途に就いた。

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