第二章 変化

(12)慈愛

 それから数日、困惑する頭を抱えながら、それでも私は内田に修行をつけてもらった。


「生半可な実力であれば、待っているのは確実な死です。それでは、何の意味もありません。とりあえず、可能な限りの無茶をしたいと思います」


 この内田の一言が全てを体現していた連日の地獄は、とりあえずの後悔を伴うものであった。

 まず、初日からおかしな事続きである。赤褐色せきかっしょく腐卵臭ふらんしゅうのする恐るべき液体を飲まされ、失神させられたのが始まりである。目が覚めた次の瞬間には別の煮え湯を飲まされ、石を飲まされ、挙句の果てには大量の紙を飲まされ続けた。


「薬は速やかに内臓を鍛え、技令と体則の基礎を作ります。石は技令の源がありますので、体内で技令の力を喚起させます。紙は基礎技令を覚える上で通常は読むのですが、時間がありませんので、身体の中に刻み込ませます。消化にはよくありませんが、最後に飲んだ漢方薬で無理にでも消化させましょう」


 二日目、これほどの地獄はないだろうと考えていた私の考えは容易に叩きのめされる。徹底した打ち込みにより、前日に飲まされた基礎技令を使用できるレベルにまでさせられた。無論、使えるようになるまで、倒れようが何しようが、謎の薬品で復活させられて習得したのではあるが。

 そして、これを繰り返すこと四回。一週間が過ぎる頃には、一通りの戦いができるようにはなっていた。


「驚きました」


 修行を開始して八日目の夜、内田はふとつぶやいた。しかし、私にはそれに答えるだけの余力はほとんどない。


「何をだ」

「正直なところ、この修行についてこれた事もですが、ここまで成長が早いとは思っていませんでした」

「ということは、私は死ぬかもしれなかったのか」

「かも知れないという表現には語弊ごへいがあります。死んでいない方がおかしいです」


 背筋に寒気が走る。日常にあまりにも死が近付きつつある。それでも、目の前にいる少女は淡々とした表情を崩さず、鋭く空をにらんでいた。


「ただ、これほどの力をつけたとしても、まだあの塔を攻め落とせるかは定かではありません。あれ以来、英雄の技令も発動されていませんし」


 確かに、それは不思議であった。あの岩波を倒した時には無数の線が地面に走り、そこから強力な光が放たれた。しかし、修行を始めてからはそのような事もなく、せいぜいが中級の光魔法の発動で光る程度であった。


「まあ、あれだけの力がすぐに出せれば危険なんて一切ないんだろうけどな」

「ええ。ですが、今は無いものねだりをしている場合ではありません。二条里には酷かと思われますが、基礎技令の大半は覚えていただきます」

「っていうことは、またあの繰り返しか。いい加減、内臓が死にそうになってるぞ」

「内臓の死だけで命が救われるのであれば安いものです」


 怖いことを何事もないかのように言いのけると、内田は立ち上がった。


「さあ、続きを始めましょう。二条里には生きて戦うという目標があるのですから」


 内田の一言に、私は思わず顔がほころんだ気がした。何となく、厳しい彼女の心づかいに嬉しくなったのだろう。

 港から吹き込む風がどことなく寂しい。だが、その風を包む漆黒しっこくはどことなく温かく感じられた。

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