戦争の日
バレンタイン当日。
僕は独りで登校する。妹からのチョコは帰ったら渡すらしい。
そうこうして学校に着く。
そこは戦場と見間違うほどに荒々しく、スーパーの特売と見間違うほどに人でごった返していた。
チョコを必死に渡す者、すなわち女子。
チョコを必死で貰う者、すなわち男子。
いつもは遅く登校している人も皆、同じ時間に登校しチョコを求めている。
小中学校とは比べものにならないほど激しかった。
一つ大きな人だかりがあった。中央にいる人を見てみればそこにいたのは、翔だった。彼は両手でも抱え切れないほどのチョコをもらっていた。
昨日あれほど言っておいて、あんなに……腹立つぅ。
しかもそれら全てを持参してきていた大きな袋に入れ始めた。
毎年だから慣れているのだろう、腹立つぅ。
とりあえず僕は邪魔にならないように隅から抜けようとする。
「あ! 真琴くんが来たわっ!」
「え! 嘘!」
「真琴く〜んっ! チョコ受け取ってぇ〜!」
「私のもー!」
「あくまで友チョコだが……俺からもだっ!」
「俺も友チョコだ!」
その場にいたほとんどのものが僕に注目し、チョコを渡してくる。
僕は口を開けたまま呆然としていた。
「よっ、大変だな真琴」
「翔くん……これ、どういうこと?」
「ん? ああ、そりゃお前が可愛いからだよ」
「可愛い?」
「ああ、お前は可愛い。そこらの女子より可愛い。お前が女だったら俺が付き合ってたぞ」
「へぁ?」
意味がわからない。分からなすぎて変な声が出た。
確かに子供の頃から今でも、近所のおばちゃんに可愛い可愛い言われているが、それは僕が子供だからだろう。
「女装したら絶対似合うとか、あんなに可愛い男子好きとか、俺の彼女にしたいとか。いろいろ言われてるぞ? 知らなかったのか?」
知っているわけがない。友達が一人しかいないもの。
「ほれ袋」
「あ、うん」
翔からどこから取り出したのか分からない大きな袋をもらい、みんなからのチョコを受け取る。
そして僕は苦笑う。
◇◇◇
ようやく受け取り終わった。
長かった。かれこれ十分ほどもらっていた。五十個は優に超えているのではないだろうか。
「真琴、よかったな」
「あ、うんそうだね」
よかったのだろうか。
確かに今まで妹からしかもらわなかったが、突然可愛いと言われ大量にチョコをもらうとなんとも言えない心境である。
というか疲れた。
あれほど荒々しかった戦場、もとい学校の玄関周辺は今や閑散としていた。教室に戻っているためである。
僕は翔と共にゆっくり教室に戻る。
「真琴分かったか? あれがモテる者の苦労だ」
「うん。でも分かりたくなかったよ」
「ははっ、そうかっ」
「あともうチョコいらない」
モテる者の苦労など知りたくなかった。
そしてチョコはもうもらいたくなかった。というかあんだけもらって、糖尿病にする気なのだろうか。
「ああ、それと、ほい」
「え?」
「友チョコだ」
「……ははっ」
不意打ちの友チョコに僕は何度目か分からない苦笑いをするのだった。
「おかえり、お兄ちゃ――ってなにその袋っ!?」
「ただいま。これ全部チョコだよ」
「っっ!?」
「僕可愛いからだって……」
(そんなっ……お兄ちゃんは私だけのものと油断していたっ)
妹は実の兄を狙っていたようだ。
「そ、そう……あ、そのお兄ちゃんチョコいる?」
「うん貰うよ。やっぱり妹のチョコだけで良いかな」
(えっ、それって私と結婚したいっ!?)
断じて違う。
愛は盲目というが、これはただの勘違いだ。
その後、真琴はみんなからもらったチョコを美味しくいただきました。
(なにこのチョコ、美味っ)
チョコの数=一年間の強さの世界で僕は苦笑う 和泉秋水 @ShutaCarina
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