第41話 俺と先輩は当日を迎える
「ん~……」
セットした目覚ましが鳴って、いよいよ文化祭当日の朝を迎えた。
前日、早い時間に布団に入ったものの、緊張でなかなか寝付けず、布団の中でもぞもぞしているうちにこの時間になってしまった。
洗面所に行って顔を洗い、鏡を見る。少し目元がくぼんでいるようなが気がするが、化粧はするから問題ないだろう。
「む~……お兄ちゃん、はよ~……」
「おはよう。休みなんだから、もうちょっと寝てろよ」
「ん~、そういうわけにもいかないよ……今日、お兄ちゃんの文化祭、友だちと一緒に行く約束してるし」
文化祭には、高校のOBもそうだが、近隣の中学生の結構な数訪れる。来年の受験でウチの高校を志望する生徒たちだ。
「……劇のほうは遠慮しとけよ」
「え~? やだ。絶対にお兄ちゃんのお姫様姿をこの目に焼き付けて、そのうえでスマホで動画と写真撮影して、『これウチの兄貴です……( ;∀;)』ってグループに流して、三日間ぐらいは話のネタにしようと思ったのに」
「俺の体に消せないタトゥーを刻みつけるのやめろ」
今後、ことあるごとに蒸し返されるネタとなるだろうと俺は予感する。夜、ふとした時にこの日のことを思い出して、ベッドでもだえ苦しむ様が、容易に想像できた。
「お兄ちゃん、スマホ鳴ってる。先輩さんたちからじゃない?」
「ああ、みたいだな」
確認すると、ほぼ同時に三人からメッセージが届いている。
『おはよう、トモ。今日は頑張ろうな。もし頑張ったら、お姉さんが ご ほ う び あげちゃうかも!?』
『おはよう、三嶋。体調は万全か? 緊張してないか? 私は緊張している』
『おっす、ミッシー。今日は頼りにしてるぜ~』
神楽坂先輩、正宗先輩、橋村へそれぞれ俺は返信する。
短い期間だが、一緒に練習を頑張ってきた人たち。三人、特に先輩たち二人に恥はかかせられないから、頑張らないと。
劇には、もちろん前生徒会の三年生も見に来る予定である。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「なんだよ?」
「いや、なんでもない。ちょっと顔がにやけててキモいなって思っただけ」
「なんでもなくないだろソレ」
自分で用意した朝飯を妹ともに食べて、俺は一足先に学校へと向かう。
劇の開演は、昼食休憩を終えた直後の最初である。
……問題なく終わってくれればよいのだが。
※
文化祭のほうは、生徒会が予想した以上の客の入りで賑わっていた。ウチの高校の文化祭は基本、11月の第一土曜日に行われるのだが、暦の関係で祝日と重なったことが影響したようだ。
「おはようございます、お車でご来場のかたはグラウンド、もしくは案内に沿って第二駐車場をご利用ください!」
生徒会やその他委員会のメンバーは、当日、忙しく走り回ることを余儀なくされる。教員たちと協力しての駐車場整理や自分のクラスの展示、そして劇。午前中休みなしで働いた後に、自分たちの出番がやってくるから、うまく体力をセーブしなければならない。
「……こんにちは。お二人までの入場となっておりますので、よろしくお願いします」
午前中は、俺も自分のクラスの展示物のほうにつきっきりである。『迷路兼お化け屋敷』の受付ということで、昼前まではここで仕事をこなさなければならない。
午後は、そのまま劇のための準備。俺はお姫様役なので化粧やら衣装に時間がかかるので、下手したら昼食抜きである。一日だけとはいえ、非常にハードなスケジュールだ。
「あ、お兄ちゃんだ。おーい」
「梓」
少し人の流れが落ち着いたところで、私服姿の妹が手を振って現れる。その後ろにいるのが友だちか。妹のほうは俺と違ってぼっちではないが、こうして友だちを見るのは初めてだ。
「本当に来ちゃったのかよ……」
「なに、その言い方。せっかくカワイイ妹がお兄ちゃんのために来てあげたってのに……ねえ、絹ちゃん」
「え? わ、わたしに訊かれても、その……」
「ほら、困っているだろ。……ってか、この子が朝言ってた友だちか?」
「ん。
「出すかよ」
「あはは……その、よろしくお願いします、先輩」
話した感じ、とても大人しそうな子である。同級生らしいが、妹よりもさらに小柄で、小学生ぐらいに間違われてもおかしくない。……言っておくが、俺に年下趣味はない。
挨拶がてら会話して、二人は教室の中へ。交代要員が来たら、俺もさっさと体育館に向かわなければならない。俺は先輩たちや橋村と違って、特に準備時間がかかる。
俺もそろそろ行かなければ、と自分の荷物をまとめていると。
「……ねえ、お兄ちゃん。ちょっといい?」
「どうした?」
と、ここで入口のドアから梓と羽柴さんがひょっこりと顔を出した。二人とも困ったような表情を浮かべているので、どうやら何か中であったようだ。
「えっと……一通り回ったんだけど、教室の中、誰もいないみたいで」
「は? そんなことないはずだけど……」
展示の当番は交替制で行われていて、予定表にもそう書かれているはずだが。
ポケットに入れていたスマホと当番表を取り出して、時間を確認する。
「……まずいな」
忙しくしていたので気づかなかったが、時刻はすでに昼前を指している。慌てて教室の中を確認するが、妹の言う通り、すでに前任者は予定の時間となっているので、持ち場から離れてしまっている。
交代要員に連絡しようにも、連絡先もわからない。
まさか、俺がいるから任せておけばいいとでも思ったのだろうか。なんて勝手なやつらだ。
そうこうしている間にも受付を待つ列ができ始めている。こんな状況でお化け屋敷もへったくれもないが、勝手に受付中止になんかにしたら、それはそれで問題である。
「すまん、梓。ちょっと受付のほう、頼まれてくれないか?」
「いいけど……お兄ちゃんはどうするの?」
「……お化けがいないんだったら、俺がやるしかないだろ」
まさか、こんな時に限ってトラブルとは。偶然なのか、意図されたものかは、この際どうでもいい。
先輩たちに連絡を入れた後、俺はすぐさま教室の隅でお化けメイクを施す。
とにかく今は、目の前のことをこなさないと。
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