第40話 俺は自分がわからない
正宗先輩のことを好きだ好きだと言っておきながら、もう振られたはずの神楽坂先輩にも未練がある。
自分でも思う。俺はなんて不誠実なヤツなのだろう。
付き合っていないです、と周囲にも、本人である神楽坂先輩にも言っているのに、いざ他の人の影が見え隠れした瞬間、自分でも嫌悪してしまうような気持ちがむくむくと膨れ上がる。
失恋のショックを振り切って、すでに立ち直ったと思っていた。新しい恋へ向かっていけているのだ、と。
だが、それは間違いだった。
難波先輩の登場によって感じた嫉妬心によって、『立ち直った』というのは、ただの勘違いだと気づいてしまったのだ。
「――俺、きっと自分で自分のことを騙してたんだと思います。もう神楽坂先輩への気持ちは吹っ切れたんだって、俺が好きなのは正宗先輩なんだって」
だが、そう思いながらも、結局は、神楽坂先輩の過剰ともいえるスキンシップを受け入れてしまっている。
昼になったら生徒会室で神楽坂先輩に餌付けされたり、夜になったら一緒に手を繋いで帰って、『トモ』と耳元で優しく囁かれる。
表向きは仕方なくやっているように見せかけて、それを嫌だと思ってない、むしろ嬉しいとすら思っている自分がいる。
本当に正宗先輩のことが好きで、神楽坂先輩のことはもう何とも思っていないのならば、そこはしっかり断らなければならないはずだ。そうでなければ、正宗先輩に対しても不誠実である。
「やっぱり神楽坂のことが忘れられないんだったら、もう一度告白でもなんでもしてみればいいんじゃないか? 神楽坂だって完璧じゃないんだから、もしかしたら心変わりしてくれるかもしれんぞ?」
「……確かに」
そうかもしれない。いくらただの先輩後輩の関係だと言い張っていても、神楽坂先輩の俺へのベタベタ具合は異常で、同じく生徒会の後輩である橋村とのそれとはまったく違う。
俺の突然の告白に驚き、一時は勢いで断ってしまったけれど、それがきっかけとなって俺への恋心を改めて自覚し、それに気づいて欲しくてアプローチを繰り返している――極めて低いだろうが可能性はゼロではないだろう。
「でも、ダメなんです。未練が残っていたとしても、今の俺に、神楽坂先輩に告白する資格なんてないんです」
「は? なんでだよ?」
当然、難波先輩はそう訊いてくる。
忘れられないのであれば、再度告白すればいい。難波先輩ならそう考えるだろう。
だが、やはり今の俺にはそんな資格はない。
「……理由を言う前にお願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「理由を言った後、俺のこと、殴ってもらっていいですか?」
「拳骨でいいか? 殴って顔が晴れたら劇が台無しだし」
「……じゃあ、それで」
手加減なしでやってくれそうである。頭の形が変形しても、どうせ本番では女装でかつらをかぶるから問題ないだろう。
ということで、包み隠さず白状する。
「多分、俺、正宗先輩のことも好きに――んがっ!?」
「っと、すまん。ちょっとタイミング早かったか?」
「い、いえ……だ、大丈夫です」
口ではそう言ってみたものの、全然大丈夫ではない。言い終わる直前だったのでかろうじて舌は噛まずに済んだが、拳骨の威力は想像通りで、今も視界が揺れている感覚がする。
「頼まれたから殴ってやったけど……まあ、気持ちはわからんでもないぞ。正宗、美人だもんな。とっつきにくいところはあるけど、胸でかいし」
「そっちはそれほど重要なことでは……まあ、男ですから、つい見ちゃうっていうのはありますけど」
神楽坂先輩のことが好き。
そして、正宗先輩のことも好き。
元々好きだった人と新しい人との間で、こっちへふらふら、あっちへふらふら。これでは劇のお姫様とほとんど同じではないか。
神楽坂先輩にベタベタに甘やかされ、正宗先輩からも一目置かれて嬉しいと思う。
二人のうちのどちらかを選べない自分がいる。
だから、俺には、先輩たち二人のどちらにも告白する権利なんてない。
「なるほど……いやあ、三嶋君、さえない顔のくせしてなかなかにクズいな。よっ、このハーレムクソ野郎」
「……おっしゃる通りで」
難波先輩は笑い飛ばしてくれているが、他の人たちが聞いたらきっとドン引きされるであろう。
神楽坂先輩も正宗先輩も、きっと俺のことを軽蔑するに違いない。
クズ野郎になりたくないのなら、さっさとどちらか選んでしまえばいい。それはもちろんわかっているのだが。
「神楽坂と正宗か……外野からの意見だと、どっちもどっちってところだが……ちなみに、三嶋君の初恋は?」
「中学時代は暗黒だったので……高校に入ってからです」
「つまり神楽坂か」
「……はい」
ちょうど初恋とその次が同時に押し寄せているような感じで、だからこそ、どうしていいのかわからない。
「とにかく、これが今の俺の正直な気持ちです。……すいません、今日初めて会ったのに、変な話聞かせてしまって」
「気にすんな。聞かせて欲しいってせがんだのは俺だし、むしろ謝るのは俺のほうだよ。色々喋らせてごめんな」
難波先輩が立ち上がり、俺のほうへ手を差し出した。
俺よりも一回り大きいごつごつとした手。つるつるで、まだ未熟な俺のそれとは大違いだ。
俺も、いつかはこんな人になれるのだろうか。
そう思いながら難波先輩の手を取って、俺は体を起こした。
「とりあえず、今はしっかり悩め。そうやって誠実に悩んで答えを出せば、それがどんな答えでも、神楽坂も正宗も、きっと君の気持ちを受け入れてくれる」
「そうですかね……両方とも『ダメ』の可能性もありますけど」
「ネガティブだな~。まあ、その時はその時さ。初恋がダメなら次、次もダメなら、またその次……まあ、三嶋君はモテモテだから、きっと誰かが拾ってくれるさ」
「まるで犬みたいな言い方しますね」
やはり俺はそういう星のもとに生まれてしまったらしい。なら、飼われる人ぐらいは自分の意志で選ばなければ。
こうして、俺と先輩たちは、いよいよ文化祭本番を迎える。
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