第36話 俺と正宗先輩は夜の校舎を駆ける 3
「な、ななな、なんだあれ!?」
「わかりません、わかりませんけど、とにかくアイツから離れて……」
【うああああああああ!!】
「「いやあああああああ!?」」
来た道を引き返すようにして、俺と正宗先輩は全速力で『それ』から逃げ出していた。
ついさっきまで漂っていた微妙にいい雰囲気は霧散し、一転して恐怖が俺たちへ襲い掛かる。
「み、三嶋、はやくこっちへ。追い付かれるぞ」
「わかってます。でも、アイツ意外に足が速くて……」
足はそれほど遅くないはずの俺だったが、追いかけてくる『それ』はどんどんとその距離を縮めてくる。ゾンビっぽいいで立ちのわりには、やけに俊敏である。
「三嶋、手をっ」
「は、はいっ」
正宗先輩から差し出された手を、俺は取る。先輩の手をこうして握るのは初めてなのだが、まさか初めてがこんな予想外な状況になろうとは思いもしなかった。
【むっ……にゃろ……】
「えっ?」
「? 三嶋?」
「あ、いえなんでも」
正宗先輩と手を繋いだ瞬間、どこかで聞き覚えのある声がアイツからしたような。
……気のせいだろうか。
【ああああああっ】
「と、とにかく逃げよう。宿直室なら、人が残っているはずだから」
今日は生徒会で合宿をしているため、夜中の見回りということで警備員の人が詰めている。そこまで逃げれば、さすがにアイツも追ってはこないだろう。
先輩の手を強く握りしめて、無我夢中で走る。真っ暗な校舎の中で、唯一、明かりの灯る場所へ――。
「! あっ」
と、注意が明かりのほうへいった瞬間、足元がとられて視界ががくっと揺れる。
校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の段差に気づかず、上履きの先端がひっかかってしまったようだ。
「三嶋、大丈夫かっ」
「平気です。それより、早く逃げないと――」
確認のため、俺が後ろを振り返ると、
【おいついたああああ】
「「――――っ!?」」
すでに『それ』は、俺と先輩のすぐそばにまで肉薄していた。
【おまえらもわたしとおなじめにあえええ】
「「あああああ!」」
真夜中の月明かりを背に受けた『それ』が、俺と正宗先輩をその手にかけようと飛びかかった瞬間、
「――ったく、うるせえんだよお前らは」
そんな言葉とともに、俺たち二人の隣を、さらにもう一人の影が横切った。
【いっ……?】
「――廊下を走るな、大声で騒ぐな。掲示板にもそう書いてあったろうが」
直後、顔の溶けたゾンビへ『悪霊退散棒』と書かれた木の棒が振り下ろされた。
すぱーん!
【うげ……!】
脳天をしたたかに撃ち抜かれ、ゾンビはそのまま力なくその場に倒れ込んだ。
その拍子に、焼けただれた顔を模したマスクが『ソイツ』からぽろりと脱げ落ちて――。
「きゅ~……」
「は、橋村っ?」
俺たちに襲い掛かってきた『ソレ』が、その正体を顕にしたのだった。
「ふう……ったく、生徒会の一年コンビと泣く子も黙る風紀委員長が、夜中に何をきゃいきゃい遊んでやがる。こっちはようやく一仕事を終えて一服してたのによお」
「羽柴先生」
うんざりしたよう顔で新しいタバコに火をつけた、ワイシャツにジーパンというラフな出で立ちの三白眼の女性は、
俺が所属する生徒会の顧問をしている若手教師(三十歳手前)だった。
※
「なるほど、私が寝てる間にそんなうらや……いや、けしからんことが」
朝になるのを待ってから、羽柴先生は神楽坂先輩に事情を説明する。
その間、俺と正宗先輩、橋村の三人は正座させられていた。出来心で俺と正宗先輩を脅かそうと、どこかのクラスの片付け忘れで転がっていたゾンビマスクをかぶって犯行に及んだ橋村はともかく、どうして被害者であるはずの俺と正宗先輩まで。
「不満そうだな、庶務」
「いえ……」
「まあ、気持ちはわかるがな。だが、夜中に大声をあげて騒いだのは事実だ。今回は大丈夫だったが、もし、たまたまその時に近くを誰かが歩いていたらどうする?」
その場合、近隣の人ならクレームが入るだろうし、下手すれば警察あたりに通報がいくかもしれない。その時に注意されるようなことが起こると、今後一切の合宿が禁止となってしまう可能性だってある。
「合宿をするなとは言わんし、はしゃぐのは構わん。だが、何事にも程度があるということだけは理解しておけ。校内で軽く騒ぐぐらいなら、若気の至りということで目をつぶることも出来るが、校外にまで及ぶとそうもいかなくなる」
「「「……はい」」」
いくら突然のことだったとはいえ、もう少し冷静に判断すべきだった。そこはきちんと反省しなければならない。ちゃんと誰かのいたずらだとわかっていれば、あそこまで大声で慌てふためくことはなかったのだから。
「すまん、三嶋。私が不甲斐ないばかりに……」
「いえ、俺のほうこそ、ビビッてばかりで先輩にご迷惑を……」
昨日は深夜テンションもあって、先走ってしまったが、こんな情けない姿を見せるようでは、まだまだ正宗先輩に想いを伝えることなどできない。もっと精進しなければ。
「あ、あのさ、ミッシー」
ここで主犯格の橋村が脇腹をちょんと、つついてきた。この三人の中で、昨日羽柴先生に一番こってりとしぼられたのはコイツだ。
「ん? どした?」
「……ごめん」
「……気にすんなよ、もう。過ぎたことだし、まんまと引っ掛かった俺も悪い」
これ以上橋村のことを責めても意味はないし、今の意気消沈している様子を見れば、きっちり反省していることもわかる。
まあ、後でデコピン一発ぐらいで許しておくことにしよう。
「……うん。三人ともしっかり反省していることだし、それでは気合を入れなおして今日の分の練習を始めるか! 香織、敦」
「ええ。今日は早めのリハーサルもかねて、登場人物全員、本番の衣装を着た上でやってもらうと思ってる。後、本番で慣れてもらうために、今日は観客として、ある人たちに来てもらうつもりなんだけど……敦君、会長から連絡きたかしら?」
「うん。できるだけ都合つけるっていう話だったけど――」
大和先輩がスマホを取り出してメッセージを確認していると、
「――おお! やってるな、『現』生徒会の諸君!」
気持ちいいぐらいによくとおる声が、体育館全体に響き渡る。
俺や橋村にとっての『会長』といえば神楽坂先輩だが、先輩たちにとっての『会長』はもちろんそうではない。
現三年生であることを示すネクタイやリボンをつけ、お客さんとして体育館に招かれたのは、『前』生徒会長とその役員たちだった。
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