第27話 俺はみんなと合宿する 2


 基本的に一般生徒の泊まりこみを禁止している学校ではあるが、もちろん例外は存在する。


 部活動、とくに運動部の場合であれば『合宿』という名目で泊まり込みが可能なのだ。


 合宿で使う施設の場所、理由、利用人数、利用者の名前や学年、あとは引率する先生の名前などを『部活動~』の申請書に書き込んで提出する。


「生徒会は、その活動状況から鑑みて『部活動』としても認定されている。だから、これさえ使えば問題ないわけだ。先輩たちも、同じを手を使って合宿を張っていたと聞いたからな」


 現在の三年生は一年次に劇を経験しているので、神楽坂先輩はそこから情報を仕入れたわけだ。


 生徒会の皆で集まって夜通しの練習……合同での練習時間を確保するには、それしかないだろう。各自で集まるにしても、今は騒音の問題があって、自由に大声を出したり動き回ったりできる場所は少ない。学校が結局は一番なのだ。


「なるほど合宿な……私は問題ないが、神楽坂、お前のほうは大丈夫なのか?」


「心配はされるだろうが、認めさせるさ。これはれっきとした生徒会活動の一貫……友達の家にお泊りとはわけが違うのだから」


 これだけ言っているのだから、その点は神楽坂先輩を信頼するしかない。


 俺のほうも泊りは特に問題ない。両親は基本的に口をうるさく出してはこないし、妹も特に止めはしないだろう。この間の三人と寝泊まり、ということで、また驚かれるかもしれないが。


「週末か……う~ん」


 スマホとにらめっこしつつ、橋村が唸っている。週末はびっしり予定が入っているだろうから、悩んでいるのだろう。


 ……まったく、仕方ない。


「……橋村、もしかしてカフェのバイトか? そう言えば姫河さん、お父さんの世話のために病院に行かなきゃって言ってたような」


「ふぇっ? ……あ、う、うん。ヒメ先輩がどうしても入れないから、お願いって言われちゃって……」


「ふむ……なら、橋村の参加はアルバイトが終わってからにして、土曜日も途中で抜けることを認めるしかないな。……香織」


「ええ。葵、今のシフトの状況教えてくれる? その時間を踏まえて、練習の予定を組むから」


「あ、はい! ……ごめんね、ミッシー。ありがと」


 俺にぼそりと言って、橋村が先輩たちの輪の中に入っていく。


 アイツにとっては休む暇もない週末になりそうだが、これでうまく言い訳できるだろう。


「……三嶋君」


「なんですか、大和先輩。そんなニヤニヤして」


 さっきの会話は聞かれていないはずだが……なんだか大和先輩にはいろいろと見抜かれている気がする。


 まあ、このごまかしも強引な手であることは自覚している。バレたらその時は大人しく降参しよう。




 橋村の予定を加味した練習メニューの決定、申請書の提出、それぞれの家族への報告を終えての週末。この生徒会にとっては初めての合宿当日を迎えた。


「おはよう、後輩」


「おはようございます。会長」


 朝、合宿で使う荷物を置きに生徒会室に行く途中で、神楽坂先輩と会った。


 合宿は金曜日~日曜日の午前中までという日程だが、それにしては荷物が多い気がする。俺は着替えと洗面用具ぐらいなので荷物は小さなリュック一つだが、先輩はキャスター付きの旅行用鞄を二つも従えている。


 男に較べて荷物が増えるのはしょうがないだろうが、一体何が入っているのだろう。ちょっとだけ気になる。


「その様子だと、親御さんの許可は大丈夫だったみたいですね」


「ああ、香織と敦も説得に加わってくれたから、すぐに許しをくれたよ。条件付きではあるけどね」


「条件つき? ですか」


「ああ。敦とトモと、生徒会は男子が二人参加するだろ? だから、念のためということで監視役がつけられることになって……」


「監視役って――」


「お呼びでしょうか、美緒お嬢様」


「っ!?」


 ふと、背後から声がして、俺は思わず飛び上がりそうになる。


 さっきまで先輩と二人きりだったはずだが……いつの間に。


「……石黒さん、もう来たの? 予定では合宿が始まる直前に来るって聞いたけど?」


「私もその予定で動いていたのですが、社長からの命令です」


 黒いスーツをピシッと着こなした女性が、冷静に告げた。


「なるほどね……後輩、先に紹介しておくけど、この人は石黒さん。兄が代表取締役を務めている会社の秘書さんで、よく私の送り迎えをしてくれている」


 この人が、神楽坂先輩の言う『監視役』なのだろう。この人は学校の部外者になるが、合宿だと外部からコーチを招いたり、または卒業生が手伝いをしてくれることもあるので、やはり申請書にその旨を明記すれば認められる。


「石黒です。三嶋さんとは、以前ちょっとだけお会いしたことがあります。覚えていらっしゃいますか?」


「え? ……あ、もしかして、あの夜の時の」


 勉強会の夜、先輩を送ったときのことだ。迎えに来ていた車の運転手と遠巻きに会釈したことがあったのだが、あれが石黒さんだったらしい。


「今日は邪魔にならないよう、陰から皆様を見守らせていただきます。お嬢様、三嶋さん、何か必要なものがありましたら、遠慮なくおっしゃってください」


「……個人的には石黒さんが必要ないんだけど」


「美緒お嬢様、それは出来ない相談です。その他でお願いします」


 ぴしゃりと言われてしまい、先輩は不満げに顔をむくれさせた。


「むう……これじゃあ予定が……せっかくトモと合宿にかこつけて……」


 なにやらブツブツ言っているが、朝から表情が微妙にさえなかったのはこれが理由だったのだろう。


「それでは、また放課後。……どうぞ、三嶋さん。名刺です」


「あ、ご丁寧にどうも」


【株式会社神楽商事 社長室室長 石黒京華いしぐろけいか


 受け取った名刺を見て、改めて神楽坂先輩の家の大きさや面倒くささを知れたような気がする。


 たった二泊、されど二泊……こうして、生徒会の合宿初日は幕を開けた。

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