第26話 俺はみんなと合宿する 1


 橋村とともに学校に戻った俺は、すぐに先輩たちに事情を報告した。


「――というわけです。だな、橋村?」


「……う、うっす。すいませんでした」


 今日のシフトに入る予定だった人が、家の人の急病で来れなくなってしまったため――バックレた理由については、ひとまず正直に話した。


 アルバイトをしている理由や、カフェ以外にも別のところでバイトしている件については、もちろん伏せる形で。


 カフェでアルバイトをしている理由は『友だちとの遊びでお金がかかるから』ということにしておいた。


「ということらしいが。どうするんだ、神楽坂。許すのか?」


「報告しなかったのはダメだが、理由はまあ、許容範囲だろう。反省もしているようだしな」


「……ほっ」


 神楽坂先輩の許しが出たところで、橋村が安堵の息をつく。練習を途中で抜けたのを許してもらったことと、その他の嘘がバレなかったこと。おそらくは二重の意味で。


「よし、それじゃあ全員が戻ったところで改めて練習再開するわよ。葵、それに三島君。抜けた分の時間、きっちり取り戻してもらうから覚悟しておくように」

 

「はい」


「……はい」


 ともあれ、橋村はこれからが大変だ。脚本を見る限りだと、話のところどころで頻繁にメイドが絡んでくるため、セリフも他の三人より何気に多いし、長台詞の場面も用意されている。


 学校の授業、バイト、そして文化祭の劇の練習に加えて、所属するクラスでやる出し物の準備。心安らぐ暇がない。


 大変だろうが、これは橋村が自らした選択だ。こんなことで先輩たちに気を遣われたくない、かわいそうに思われたくない――それなら、意地で切り抜けてもらうしかない。


「……ミッシー、あの」


 橋村が、皆から見えないところで、こっそりと俺のジャージの裾をつまむ。


 これから大変になることは容易に想像がつくから、不安なのだろう。

 

 そして、現状、頼れるのは俺しかいない。


 俺も正直なところヒロイン役の練習でいっぱいいっぱいなところはあるが……それでも、橋村の置かれた状況よりは楽だ。


「ったく、わかったよ。出来るところは、俺もサポートしてやるから」


 姫とメイドが同時に絡むシーンなら、もし橋村がセリフに詰まっても俺が覚えていればこっそりと耳打ちすることもできる。


 もちろんその分俺が記憶するセリフ量は多くなるだろうが……俺も話に乗ってしまった以上、出来る限りやらなければ。


「うん、ありがと。やっぱり持つべきものは友だね、トモだけに」


「0点」


「ひどっ。ミッシー辛口すぎ」


 そう言いつつも、橋村の表情から不安は消えているようだ。いつもの能天気な、バカの橋村の顔。


「ほら、女役二人。ぼさっとしてないでこっちおいで。初めから説明していくよ」


「はい」


「は~い」


 こうして俺たちの練習は順調に進んでいく――



 ※   ※   ※



 ――はず、だったのだが。


「んああ! もう! 違う! 静、アンタいつになったらそこの動き覚えんの!」


「す、すまん。長台詞もあわせてだから、ついそっちのほうに気をとられて……」


「ふふ。しょうがないな正宗は。どれ、ここは私が手本を見せて……」


「アンタもだよ美緒! 今はスルーしてるけど、毎回毎回セリフ甘噛みしてんのちゃんとチェックしてるんだからね! あと、変なアドリブ入れんな!」


「くっ……!」


 神楽坂先輩がどこぞの女騎士のような声をあげたところからも想像できるとおり、状況は、あまり芳しくなかった。


 セリフに関して言えば、二人とも全て暗記を終えていて、脚本なしでも、喋るだけなら一字一句間違えることないレベルに達している。


 そこまでならいいのだが、そこに動きが入ってくると、途中でセリフが飛んだり、また、つまったりということが頻繁に起こっている。練習してダメだったところが良くなると、今度はそれまで良かったところがダメになったりと。


 要するに、ドツボにはまっていた。


 そして、一方ヒロイン組の俺と橋村は、というと。


「姫様、姫様はいつもそうです。私の欲しいものばかり独り占めして…………えっと、」


(本来なら私が、私が、そうなるはずだったのに)


「そ、そう、本来なら私がそうなるはずだったのに」


「……『私が』が一個抜けてるよ、橋村さん。あと、毎回のように三嶋君をカンペ扱いしないようにね」


 苦い顔の大和先輩が『もう一回』と告げたとおり、もうセリフからしてダメな状況である。


 バイトの時間を少し削ってもらう形で、橋村もなんとか時間を作っているようだが、それでもやはり大変なようだ。バイトか練習か、どちらか一つに絞れば余裕なのだろうが。


「むう……本番まであと二週間を切ってるのに、この状況……まずいわね」


 脚本についても難しいシーンや長台詞を出来るだけカットしてもらっているが、それでもみんなが納得できる形にまでは至っていない。


 他の準備のほうはほぼ完了しているので、今更予定を変更するわけにもいかない。なので、生徒会のほうが踏ん張らなければならないのだが。


「練習時間の確保がね……うちは居残りって、一切認められないし」


 他の高校のことはわからないが、ウチの高校は文化祭の準備のための、一般生徒の居残りは一切認められていない。ウチではないが、以前、他校でもめ事があって、それを考えての措置だそうだ。


「美緒、どうする? 妥協して、あともうちょっとだけ、内容を省略しようか?」


「いや、やると決めた以上は今のままで行こう。多分、先輩たちも見に来るだろうし、みっともないところは見せられない」


 引退した三年生もそうだし、卒業した大学生の人たちだ。外部からも人がくるから、きっと集まるだろう。


 前回までの映像を見せてもらったが、生徒たちだけで準備したとは思えないほどのすごい出来だったから、今回でダメにして笑いものになるわけにはいかない。


「だが神楽坂、練習時間はどうする? 各自で練習するタイミングは、とっくに過ぎているぞ」


「ああ。だから、『あの手』を使おうと思う」


 予め考えていたのか、先輩が一枚の紙をポケットから取り出す。


 生徒会の仕事をしていると、たまに受け付けることがあるので、見覚えがあった。


「『部活動の合宿のための施設使用届出書』――週末から休日にかけて、私たち生徒会は、ここで練習のための合宿をはることにする」 

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