第20話 俺と先輩たちは配役を決める 2


「……本気?」


「へえ」


「おいおい」


 ヒロインに立候補したいと言った正宗先輩に対して、九条先輩、大和先輩、神楽坂先輩の三人がそれぞれ反応を示す。


「な、なんだよ。いいだろう別に。私がやってみたって」


「いいけど……ついさっきまでチョイ役がいいなんて言っていた静が、いったいどういう風の吹き回し?」


「それは……」


 正宗先輩が俺のほうを見る。俺は当然、性別的な観点から考えて、二人の騎士のうち残り一枠に収まる予定だろうが。


 あれ? ということは。


 もし、正宗先輩がそのままヒロイン役になれば、それはつまり……。


「なっ……ダメだ、そんなの! そんなことしたら、私がトモとキスできなくなっちゃうじゃないか」


「ほら、それが問題なんだ。神楽坂、お前、本気で三嶋とその……するつもりだろう?」


「当たり前じゃないか、私はやるからにはリアリティを追求するタイプだから。なあ、香織はどうだ?」


「強制はしないけど、フリだと私的に白けちゃうから、ガチ勢としては思い切りやってほしいところだけど」


「何のガチ勢ですか、何の」


 いつものブレーキが壊れてしまっているので、今日は神楽坂先輩を止める人がいない。


 俺のツッコミは大概無視されるし、大和先輩はそれを楽しそうに眺めているだけ。橋村は元から期待してない。


「ねえミッシー、さっきから会長、ミッシーのこと『トモ』って呼んでるけど、いつの間にそんな仲になったん?」


「訊かれると思ったけど、お前それ今言う必要ある?」


 一応、『トモ』『美緒さん(もしくは先輩)』での呼びあいは、先日の夜の帰り道では、二人のとき、もしくは最低でも周りに九条先輩か大和先輩しかいないときだけと決めていたはずなのだが。


 あまりにもさらっと神楽坂先輩が言うので気づかず、皆スルーしていたというのに。

 

 橋村め……自分は当事者じゃないからって、外野からぽんぽん爆弾を投げ込んで楽しんでいるな。


「…………そういえば」


 正宗先輩が、俺と、そして神楽坂先輩の顔を交互に見る。


「……えへ」


「えへじゃない」


 ごまかす気ゼロの神楽坂先輩はもういいとして、周りからの好奇の視線が痛い。多分、この場にいる全員から誤解されている気がしてならない。


 弁解したいが、この状況で信じてくれる人なんて誰もいないだろう。


 なんだか、本当に外堀から埋まっていっている感覚が。神楽坂先輩から、異性としてなんて見られていないのに。


「……と、とにかく! 学外からも最も人が集まる場で、演技とはいえ、若い男女が堂々とキ……なんて、絶対に許さないからな!」


 ヒロインに立候補したのは、それが理由だったわけか。なんというか、お堅い正宗先輩らしい。


「まあ、舞台にいったん出ちゃうと止めるわけにはいかないからね……自分がヒロインになってしまえば、それで収まると……でもねえ」


「正宗がヒロインをやるぐらいなら、私は何もやらない。劇の最初から最後まで、路傍の石ころとして舞台に居座り続けて、皆の足元をとって躓かせ続けてやる」


「……とまあ、こうなるわけで」


 議論は平行線となる。


 ヒロイン役をやりたい神楽坂先輩と、神楽坂先輩のヒロイン役を阻止するために、自分がその枠に収まりたい正宗先輩。


 ……といえば聞こえは悪くないかもしれないが、要はなぜか俺と(ガチで)キスしたい神楽坂先輩と、させたくない正宗先輩というだけである。


「モてる男はつらいね? 三嶋君」


「大和先輩、ご希望ならかわりますけど」


「いやいや、僕じゃ無理だよ。我の強い美緒と正宗さんの間に入れるのは、世界を探しても、多分君だけだと思うから」


「え~……」


 大きく出過ぎである。せいぜい俺が出来るのは、二人の間で犬みたいに尻尾を振るぐらいだ。俺なんかより絶対、大和先輩のほうが適任だと思うが。


 優しいし、イケメンだし、頭いいし、身長高いし、実家はお金持ちらしいし。


 ……言っててなんだかみじめになってきた。


「困ったなあ……主役級は当たり前だけどセリフが多いから、そろそろ練習を始めたいとこなんだけど」


 役がはっきりしなければ、衣装なども決まらない。特に正宗先輩は、身長もそうだし胸のほうも……なので、役をここで決めてしまわないといけない。


「しょうがないなあ……じゃあ、ここは第三者の意見というこで、三嶋君にどっちがいいか決めてもらいましょうか」


「ちょ、九条先輩……」


「別に難しく考える必要はないよ? 美緒と静、どっちのお姫様姿が見たいかで決めてくれればいいから」


 それが一番難しいんですが。


「トモ」


「三嶋」


「あの……えっと、ですね……」


 とりあえず、お姫様姿となった二人のことを想像してみる。


 神楽坂先輩は、誰もが想像するだろう王道のお姫様だ。どんなドレスでも、またメイクでも、映える容姿をしていると思う。ちなみに内面は演技と関係ないので説明は省く。


 正宗先輩は、いつものイメージからするとどうしても『騎士』がちらつくので想像しづらいが、元がいいのは神楽坂先輩同様だし、剣を捨てた上でドレスで着飾れば、きっと見違えるほどだろう。プロポーションは神楽坂先輩以上だ。


「…………あの、この答え一旦家に持ち帰って」


「ダメ」


 九条先輩からあっさり却下された。


「……トモっ」


「……三嶋っ」


 答えを迫ってくる神楽坂先輩と正宗先輩の顔がなんだか怖い。


 どうしよう。どうする。


 正直なところ、本当にどちらでもいい。どちらがやっても、きっとお姫様に相応しい二人なのだから。


「えっと、じゃあ、俺は――」


 頭の中で結論を出した俺が、お姫様役のほうを指さそうとした時、


「しょうがないなあ……一個貸しだよ、ミッシー」


「え?」


 そう呟いた橋村が、おもむろに手をあげた。


「あのー、九条先輩。一個、私から提案があるんですけど」


「こんな時になに? 後で聞いてあげるから、それはヒロイン役が決まった後で――」


「……この際、ミッシーがお姫様やるってのはどうっすかね?」


「は?」


 助け舟に乗っていたはずの橋村から、またしてもおかしな爆弾が投下されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る