第6話 俺は仲間と勉強会をする


 一日の授業が終わり、放課後。


 俺はいつものように教室を出て、生徒会室へと向かう。


 時刻はおよそ午後四時。生徒たちがほとんど下校しているため、窓から差す西日で橙に染まる廊下は静寂に包まれている。


 運動部の掛け声や、吹奏楽部のちょっと外れた音色を聞きながら、生徒会室へ向かうまでの短い道のり。


 俺はこの時間が好きだ。皆が敬遠する生徒会活動……しかし、意外に楽しめている自分がいる。


 教室では空気な俺だが、生徒会室に行けば、みんなが俺のことを大事にしてくれる。もちろん、そうなるに至った経緯はあるが、そのおかげで俺は変わることができた。


 今となってはいい思い出だが、先輩たちに頭を下げさせてしまったのは申し訳ないと思っている。


 神楽坂先輩、九条先輩、大和先輩……あと、生徒会室にはたまにしか顔を出さないけれど、正宗先輩を初めとした、各委員会の委員長の人たち。個性的な面々。


 その人たちに、今日も会えるのが素直に嬉しい。


「――お、ミッシーじゃん。久しぶり~」


「ん?」


 軽い足取りで廊下を進んでいると、背後からフランクな感じで声をかけられた。


 女の子の声。聞き覚えはあるが、なんだかひどく久しぶりに聞いた気がする。


橋村はしむら……」


「なに? せっかく人が声かけてやってんのに、そんな微妙な顔して。イラついてんの? ほれ、アメちゃん食べる?」


 ポケットから棒付きの小さなキャンディを差し出したのは、橋村葵はしむらあおい。俺とおなじく一年生で、一応、書記をしている。


 神楽坂先輩、九条先輩、大和先輩、俺、そして橋村。これで今は大方の仕事を回すのだが、


「なあ橋村、お前、最後に生徒会室に来たのいつか覚えているか?」


「……さあ? 三日前ぐらい?」


「二週間前だ、アホ」


 この女、とにかくサボる。ギャルのような外見とは裏腹に、俺より要領がよく、仕事だってやればできるのだが、ちょっとでも気を抜くとすぐに友達と遊びに出かけるのだ。

 

 しかも、『友達と約束があるんで』と言って堂々とサボる。言い訳も嘘もつかず正面突破なのは、大物なのか、はたまたバカなのか。


「そうだっけ? まあ、別にいいじゃん。私がいなくても、キモいぐらい進化したミッシーがやってくれてるワケだし」


「お前がいればもっと楽になるんだよ。ってか、ミッシーって呼ぶな」


「なんで? 三嶋だから、ミッシー。かわいいじゃん、生徒会のマスコット的存在って感じで。ってか実際そうだし」


 そうだろうか。確かに先輩たちから可愛がられている自覚はあるが……ふと頭に浮かんだの正宗先輩のことだ。


 先輩も、俺のことをそう思っているのだろうか。


 あくまでマスコット的存在で可愛いだけ。恋愛対象ではない。


 そうなるのは、どうあっても避けたいところである。


「ところで、今日は真面目に生徒会室に来るんだな。どういう風の吹き回しだ?」


「いや、今日もサボるつもりだったんだけど」


「おい」


「まあ聞いてよ。……校門前にさ、機動要塞先輩がいて」


「おい」


 理由はなんとなくわかったが、そのあだ名、生徒会内では一般的なのか。俺の中で完全に機動要塞と正宗先輩が『=』で結ばれてしまった瞬間である。次にその言葉を聞いたら吹き出してしまいそうだ。


 なにはともあれ、これで久々に5人全員が揃う。


 今日はスムーズに仕事が出来そうだ。


 先輩たちはまだ来ていなかったので、隣の職員室で鍵を借りて、中に入る。


「おー、久しぶりの生徒会室。ただいまって感じだね」


「先輩たちが来たらちゃんと謝れよ?」


「はいはい。すんませんっ、このとーり! って感じでどう?」


 いまいち悪びれない様子の橋村にため息をついて、俺は鞄から教科書と、それから筆記具を取り出した。


「……ミッシー、勉強すんの? こんなところでも勉強とか、マジ真面目だね」


「まあ、来週から試験始まるし。前よりも順位を上げたいから、頑張らないと」


 先輩たちが教えてくれていることもあり、試験の成績はどんどん上がっている。前回の試験で100位以内に入れたので、今回は50位以内を目指してやっているのだ。


「試験……し、けん?」


「ん、ああ」


「いつから?」


「……週明け」


 ちなみに生徒会活動は今日までで、試験が終わるまではいったん休みに入る。


「…………」


 さーっと、橋村の顔から血の気が引いていき、


「おい、お前まさか」


「ミ、ミッシぃぃぃぃぃっ!」


 すがるように俺は抱き着かれた。


「お願いミッシー、ノートっ、ノート見せてっ。ミッシーなら試験範囲に出るヤツ、全部まとめてるのあるでしょ?」


 ある。しかも覚えやすいよう、先輩たちに添削してもらったものが。これだけきちんとやっていれば、おそらく目標は達成できるだろう。


「その顔、やっぱりあるんだね。お願い、来週まで貸して」


「ダメ。俺だってこれから使うし」

 

 もちろん、これは自分用で、誰かに貸すつもりはない。橋村なんかにはもってのほかだ。


「お願い、一生のお願い! 次赤点とっちゃうと私かなりヤバいんだよ! 『生徒会に入るなら』って条件で特別に補習は免れてたけど、今回ばかりはさすがにかばってくれないんだって。遊べなくなっちゃう!」


「別にいいだろ。これを機会に心を入れ替えて真面目になれば」


「うぅ……そりゃ、ミッシ―に言わせればそうかもしれないけどさ……」


 俺にすげなく断られて、橋村は露骨にしゅんと肩を落とした。


 捨てられた子犬のような瞳で上目遣いに俺を見る橋村。そういう姿を見てしまうと罪悪感が募るが、だからと言って俺にも目標がある。他人を気にするだけの余裕はない。

 

 ……ないのだが、


「ミッシぃぃぃ……」


「……わかったよ」


「えっ?」


 瞬間、橋村の顔がぱあっと明るくなる。


「いいの?」


「……まあ、放っておけないだろ。一応、お前だって生徒会の仲間なんだから」


 困っているときは助ける。先輩たちが俺に教えてくれたことだ。あと、これで橋村が少しでも心を入れ替えてくれればという考えもある。


「さすがミッシー! やっぱり持つべきものは仲間だねっ!」


「あ、でも勘違いすんなよ。あくまで俺が勉強やってる横で写させてやるだけで、貸したりはしないからな」


「おっけおっけ。それで十分!」


 こいつは勉強しないから赤点なだけで、勉強すればそれなりのはずなのだ。そこまで付きっ切りになる必要はないだろう。


「んじゃ、生徒会が終わったら勉強会だね。どこでやる? 近くのファミレスとか?」


「いや、人が多いところって、俺苦手だから」


「そ。なら、ミッシーの家だね」


「え」


 なぜそこでそうなる。

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