第30話 浮気相手の浮気相手
それ以後、俺たちは月に1回くらい逢うようになった。
落ち合う場所は、二人がそれぞれ住む街の真ん中くらいに位置する地方都市だった。
「本城まで来てもらうの、遠くてあなたに悪いから」と玲にしては珍しく
また、各々が参加したいライブがあれば、チケットを取り合ってライブに行き、その都市で一緒に宿泊したりもした。
が、しかし、結婚前の恋人同士で遠距離になったときにそうだったように、玲は段々、素っ気ない態度になっていった。
遠距離になってから『逢いたい』と言うのは俺の方だけで、それでも言えば逢えるのだが、躰を重ねている感触や息遣いで玲の素っ気なさを感じた。これは、もう、理屈ではなく、感覚だ。そういう意味では、俺は玲のことを知り尽くしている。
さらに時が経つと、いつも一緒に行っていたミュージシャンのライブですら、俺とは行かずに長女の真夏ちゃんと行くようになった。正確にいえば、玲がそう言うようになった。
【真夏が勝手に私の携帯を使って席を取っちゃったの。ごめんね~】
そんなショートメールが連続して届くようになった。
「チケットもさることながら、玲の携帯を真夏ちゃんが自由に使ってる、ってのは危ないんじゃないか?」と俺が心配すると「ううん、大丈夫。あなたからのショートメールは毎回削除してるから」と玲は返答した。それは、それで寂しいものがあるが、そういう状況なら仕方ないと思った。
俺が別口でチケットを取った同会場のライブの時も「どこの席になったのか教えてくれ」と俺が言っても「クソ席だから言いたくない」と、教えてくれなかった。
そのうち、俺に相談なしに「隣の長野の方が近いし、日帰りで行けるから」と言って俺が行く県内のライブ会場にすら来なくなった。
この辺りから、玲に別の彼氏ができたのではないかと俺は疑い始めた。浮気相手の浮気を心配するっていかがなものかとは思うが、実際、俺の心中は穏やかではなかった。
(あの時のライブも「クソ席だから言いたくない」だなんて玲にはありえない話だ)
(【ライブが終わったら、速攻で真夏と走ってホテルに戻った】なんてショートメールに書いてあったけど、走って帰る必要なんてどこにもないじゃないか。その実、同じ会場に居る俺に会いたくない理由があったんじゃないか…)
(真夏ちゃんと一緒だとか言っていて、本当は、別の男と一緒なんじゃないか…)
そんな疑問と憶測の数々がかつての事件を思い起こさせて、俺の心中はさらに不穏になった。
あの時も、玲の態度が素っ気なく、冷たくなったと感じられ、そして、間もなく、あの仮病を使ってのバイク二ケツ事件になったからだ。
かつて、俺の仕事が忙しくて2カ月間逢えなかった時期に、メールで【お願いだから逢ってください】と言われたことが一度だけあった。玲の方から特に何をするわけでもなく『逢いたい』『逢ってください』と言うことなんて恋人時代からの長い付き合いの中でも1、2度しかなかった。仮に逢いたいと思っていても、自分の気持ちを吐露するような女じゃなく、相手に『逢おう』と言わせる女だった。
しかし、そういう気持ちじゃないときははっきりと相手にわかるような態度をとるのが玲だ。しかも、無自覚にだ。
玲の心が離れていくのを俺は放っておけなかった。今まで以上に頻繁に玲にメールをするようになり、自分の身の回りに起こった出来事や体調のこと、体が絞れてきたことなんかを送った。しかし、玲の返信には俺に関することはほとんどなく、自分の身の回りにあったことだけが返ってきた。まるで、俺の存在が玲の聞き役でしかないように、だ。
その後も、ライブの席がスピーカーの近くだったことからか酷い耳鳴りが続いていることをメールで伝えれば、心配されるどころか【それは、治らないかもね】という返事が来た。
ようやく逢えることになったものの、向かっていた車が溝にハマって動けなくなってしまい、レッカーでの救出を待たなければならない旨のメールをすると、玲からの返信は【しかたなし。で、何時に来れるの?】と実に素っ気ないものだった。
また、それらの態度について苦情を言えば、返ってくるのは【すみませんでした】という味気のない一言だけだった。
心中がますます不穏なものになっていくのを俺は自分で味わうほかなかった。
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