第27話 二泊一日

 同じ街に住んでいる二人だったから、それ以後も、月に何回かの逢瀬を続けてきたが、まだ、小学校の低学年の子がいる玲だったから二人で泊を伴うような旅をしたことがなかった。


 次の年の冬が間もなく始まろうとしていた頃、俺が好きなミュージシャンが限定ライブを大阪で行うことになり、当時はまだ運行していた寝台列車で往復する案を話して玲を誘ったら、意外にも二つ返事だったので、すでにソールドアウトしていた席を二つ、ヤフオクで急ぎ手に入れた。

 本城市内の最寄りの駅を0時台に発車する寝台列車に乗ると早朝に大阪に着く。夕方に開演する大阪でライブを楽しんだ後に、23時台に大阪を発車する寝台列車に乗って翌早朝に最寄りの駅に到着する、という二泊一日の旅だ。

 運よく、玲の旦那さんが自宅に帰ってくる日程とも重なり、家族の理解も上手くいって、俺たちは各々の車に乗って駅に向かい、そして、静かにホームに進入してきた寝台列車に無事に乗り込んだ。

 俺たちは予約した上下段それぞれの寝台を確かめ、車掌に切符を見せた後、ビールを一缶ずつ持って車両を移動して、誰も座っていない普通席に向かい合わせで座った。


 二人でライブに行くのはこれが初めてではなかった。これまでは、玲が好きなミュージシャンのライブに俺が付き合っていた。たいして知らないミュージシャンのライブでも、座席が在るライブならまだそれなりに楽しめたのだが、ライブハウスで行われるようなライブだと、毎回、辟易とさせられた。


「あんなライブに付き合ってくれるような友達がいないし、一人じゃ不安だから、ね、お願い!」


 そんな風なお願いをされるようなミュージシャンのライブだ。


「モッシュやダイブは絶対にしないでください」とスタッフが前説で語り、オーディエンスも「は~い!」と元気よく返事をしておきながら開演すればお構いなしでやりまくるようなライブだ。

 もみくちゃになりながらも俺は玲の真後ろに立って離れないようにし、玲の体を支え、ダイブしてくる男たちから守った。

 玲は、何をそんなに興奮するのか、守護神に徹している俺なんかを意に介すことなく拳を突き上げながら大きな声で歌い、ミュージシャンの名を叫んだ。

 時には、貧血を起こして脱力してしまい、玲を抱えて人をかき分けながら会場の出入り口まで連れて行って床に座らせたこともあった。


 俺たちは、暖房で温かくなっている車両で冷たいビールを飲みながら、限定ライブのミュージシャンについて俺は語り、玲にとっては修学旅行以来だという関西や大阪について語り合い、そして、その後、おとなしくそれぞれの寝台に戻って枕木とレールが醸し出す音を聞きながら眠った。


 大阪に着いた後は、梅田界隈までタクシーで行って、適当なラブホテルに入って残眠と互いの体を貪った後、公演会場の大阪城ホールに向かった。

 ヤフオクでは、いくつかの席が出品されていたが、俺が買った席は、ステージ正面のスタンド席の最上階だったので、動きがほとんどないたった一人の弾き語りの公演は、やはり、スクリーンを頼りにしなければならなかった。それでも、元々ファンである俺は楽しめたし、数曲しか聞き覚えがないと言っていた玲も楽しんでくれた。


 閉演後は、京橋まで歩いて、適当な居酒屋で焼き鳥や串揚げを肴に酒を飲みながらライブを振り返り、余裕をもって大阪駅のホームで静かに待っているブルートレインに乗り込んだ。


「ね、ちょっと遊びに行っていい?」と、カーテンの外で玲の声がしたので上段の寝台に招き入れたら、すぐにキスを迫ってきた。


「おいおい、大概にしておかないと、欲しくなっちゃうだろ」と言う俺の口さえも玲はキスで塞いだ。



「ええ、ちょっとすみませ~ん。切符を拝見させてください」と車掌の声がカーテンの外でした。


「あ、あ、ええっと、ちょっと待ってください」


 俺は、玲を壁側に移動させてから切符を出し、室内灯を消してからカーテンを少し開けて切符を車掌に渡した。


「ええっと、下段のお連れの方の分もありますが、お連れの方は…」


「あ、居ます居ます」と俺は半ば焦りながらそう答え、車掌も俺の陰になって寝ている玲を目視したらしく「結構です。ありがとうございました」と無表情に答えてその場を去った。


 恥ずかしさと安堵した気持ちがない交ぜになった俺たちは、列車の発車を待つことなく、狭い寝台で息を押し殺しながら貪るように互いを求めあった。

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