第24話 竹石 徹

 その後も、俺と玲は、2~3週間に一回のペースで逢った。

 日帰り温泉の個室で、ラブホテルで、そして、街中まちなかのカラオケ屋なんかでも俺たちは躰を重ねた。

 カラオケ屋だと、仕事の退勤時に「ちょっと、歌おっか」なんてやりとりがショートメールで行われるものの、入室すると、最初に世間話や近況を報告し合って、結局は、一曲も歌うことなくモニタの青い灯りだけの部屋で座位で交わった。


 逢おうと誘うのはいつも俺の方だったが、その前に、「今、何してた?」「今度の休みの日の予定は?」などと俺が誘いたくなるようにショートメールで尋ねてくるのはいつも玲の方だった。




 季節が冬になり、本城市も30センチくらいの積雪となった。テレビの気象予報士の話では、北陸・日本海側の東北地方は記録的な大雪になる見込みであるとのことだった。

 

 そんなある平日の夕方、風呂上がりの缶ビールを飲みながら、ローカルニュース番組を観ていたら、玲の旦那さんの特集コーナーが前触れなく始まった。テレビで旦那さんの姿を見るのはこれで確か三回目のはずだ。


 竹石とおる46歳。本城市生まれ。


 名前を改めて知って、あしたのジョーの力石徹りきいしとおるみたいだな、と俺は思った。もっとも、出生当時の世相的にジャストな命名なんだろう。しかし、体つきは力石徹とは真逆の細身で、表情も柔らかく、調査のためにしょっちゅう山中を歩いているような猛者には到底思えなかった。年齢は、玲の7つ年上、俺の5つ年上だった。


 竹石さんは、しばらく、民間の建設コンサルに勤務していたが、科技庁所管の防災科学研究所に転職。県内のある地方都市に設立された災害実験研究所に配属された。研究所の宿舎は普通の民家で、そこに独り住まいだった。

 映像では、半纏はんてんを着た竹石さんがこたつの天板に置いた卓上コンロでアルミ鍋の中のうどんを煮立て、まな板で切った長ネギと油揚げを入れて、そこに箸を突っ込んでそのまま食べていた。「これが一番美味しい食べ方なんですよ」と竹石さんは人懐こそうな笑顔で喋っていた。職業上、山男なんだろうが、平地でも、山同様、つつましく生活しているんだろうと思った。どちらかといえば派手な様相と振舞いの玲とは真逆だとも思った。

 そういえば、いつだったか、玲が、その宿舎に引っ越すための日常生活に必要なものをいろいろと取り揃えて持たせるのが大変だったと言っていた。「自分ではなんも準備できないから、あたしがやってあげないとなの」って確か言っていた。基本、山男な故に、生活に必要な物は旦那さんにとってはごく限られていて、それ以外は気が付かないことが多いのだろう。


 次の映像では、雪山でヘルメット姿の竹石さんが写り、雪崩が起きやすい場所や条件、雪崩が起きたときにどうすればよいのかをレクチャーして短い特集コーナーは終わった。素人の俺でもわかりやすい説明だったし、温厚な性格がその喋りからも伺えた。

 おそらく、当県だけでなく、いろいろな地方公共団体からも調査、報告の依頼やメディアからのオファーがきっとあるんだろう。まさに、全国を股に掛けた仕事だ。


 そういえば、玲はこうもぼやいていた。


「ごくたまにジジイが家に居るときは、ミッションを与えてあげないとずっと一人で好きな事しかしていないからダメなの。①芝生刈り、②網戸の修理、③プランターの土を買う、④帰りにスイミングに子どもを迎えに行く、わかった?ってミッションを与えるの」


 俺はその時、苦笑いしながら聞いたのだが、テレビの特集コーナーを見終わった俺には笑えない話だと思った。

 温厚な人柄。派手さやサプライズ感は全くないながら、実直で、いろんなことに真面目に取り組む人なんだろう、と俺は好感をもった。


 しかし、そんな彼を玲はジジイと呼び、使えない男と評し、俺と逢瀬を繰り返すことで裏切っている。そして、事情を知っている俺もまた、その裏切りに加担しているんだと、すっかりぬるくなったビールを口の中に放り込みながら思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る