第22話 日帰り温泉

「ちょっと、本城の湯っていう日帰り温泉行ってきていいかな。だいぶ筋肉痛なんでさ」


 日曜の昼飯の冷やし中華を食べ終わってから妻にそう言った。


「本城の湯?」


「バイパスで三つ目のインター降りてすぐのところにある日帰り温泉だよ」


「ああ、そういえば、バイパスから見たことあるわ。気をつけて行ってらっしゃい」


「ああ、ありがとう」


 昨日の土曜日。本当は玲と会う約束をしていたのだが、結局会えずじまいだった。なんでも、日曜日に一時帰宅する予定だった旦那さんの予定が早まって土曜日に帰宅してそのまま自宅に一泊することになったそうで、その旨のショートメールが俺に届いた。


【ごめんね。急にこんなんで】


【ううん。しゃーない、天気もいいし俺は走るさ】


 俺は、いつもは10キロ走っているが、玲に会えない苛立ちみたいなのもあって15キロを全力で走った。しかし、中年の身体というのは正直なもので、走り終わってすぐに足の甲とすねが痛み、ふくらはぎがそれにお付き合いするかのように悲鳴をあげた。

 でも、この体の軋みや痛みが玲に会えない淋しさを紛らしてくれるかもとも思った。



 本城の湯は、どうやら4~5年前にできたらしい。大型ショッピングモールの建物内部をリニューアルさせたもので、敷地面積が異常に広かった。内湯はプールみたいだし、サウナや露天風呂のサイズも大きかった。また、最近流行りの岩盤風呂も備えられていたが、いつ来ても、2~3人しか寝転んでいなかった。また、食事処も団体がいくつも入るような大広間で、値段が高めな豪華なセットメニューが響いているのか、利用している客は温泉客よりも、食事だけをする家族連れや会社の飲み会で使う客が多いように思えた。

 俺は、これでかれこれ4回目の利用になるが、興味があったのは個室だった。日帰り温泉をうたっているが、実は24時間オープンの温泉で、個室を予約すれば宿泊することもできた。また、休憩でも1時間単位で利用することができ、なんと、利用時間に関わらず敷布団掛布団も使えるとのことだった。


 風呂からあがった俺はフロントに行って、個室を1時間利用することを告げてホテルで使うみたいなプラスチックの柄が付いた鍵を受け取った。個室ゾーンに足を踏み入れると、廊下を挟んでドアがいくつもあり、部屋数の多さに驚いた。

 鍵を開けて中に入り電灯のスイッチを押すと天井の灯りが白く点いた。

 部屋は6畳敷きで、一人分の敷布団と掛布団が畳まれて部屋の隅に置かれていた。他には、小さいテーブルに、小さいテレビまでもあった。しかし、窓は無く、閉鎖感はさすがにぬぐえなかった。

 俺は、エアコンのスイッチを点けて、部屋の真ん中に敷布団だけを敷いて、フロントで借りたタオル地の部屋着のまま大の字になった。

 すると、まもなく携帯が震えたので画面を見ると、玲からのショートメールが届いていた。


【さっき、ジジイ、次の出張場所に出掛けて行ったんだけど、あなたは何してる?】


【そっか。俺は本城の湯に浸かって、殺風景な個室で寝転んでたよ】


【本城の湯?ひとり?】


【ああ、ひとりだよ】


【いいなあ。あたしも行っちゃおっかな】


【ん?今日、仕事は?】


【午後の便、キャンセルになったの。個室?そんなのあったっけ?】


【ああ、俺も初めて入ってみたんだけどさ】


【お部屋の番号は?】


【ええっと、202だな】


【わかった。これから行ってお風呂入って、それから個室行ってみてもいい?】


【了解。待ってる】


 俺の最後の一文は、ほんの短い文にしたが、降って湧いた逢瀬の機会に年甲斐もなく酷く歓んでいるのを感じた。


 俺はさっそくフロントに休憩の2時間延長を内線電話で告げて、再び布団に大の字になった。

 さっきまで、白々しく思えた天井の電灯までもが俺を祝ってくれているような気がした。

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