第14話 指

 洋風居酒屋には、俺は路線バスで、玲は歩いて来たのだが、帰る方向が同じで、俺のマンションが玲のマンションよりも遠かったことからタクシーに同乗して帰ることにした。


 昔懐かしい「K」の一文字提灯が車体の屋根に光っているタクシーの後部座席に乗り込んでしばらくの間、俺たちは黙って車窓から夜の街を眺めていたが、玲が座り直すときに一瞬触れ合った手を俺は反射的に上から握った。握ってからすぐに(あ、どうしよう…)と後悔するみたいな気持ちになった俺だったが、玲は抵抗するばかりか反対に俺の左手の親指を握り返し、そして、すぐに掌を返して握り直してきた。

 俺は右の車窓を、玲は左の車窓をそれぞれ見ながらも、互いの指を互いの掌に擦りつけ、圧を掛けたり緩めたりさせた。それは、右に左に顔の角度を変えながら接吻しているかのよう、だと俺は思い、股間と耳たぶに熱を持つの感じた。


「また… また、逢ってくれるか?」


 俺は指の動きをいったん停めてそう言った。


「ん?いいの?逢っても?」


 指の動きを停めないまま玲は言った。


(この返答は玲らしい反則技だ)


 と、俺は昔を思い出すように思ったが、「玲がいいなら、ね」と返した。


「あたしは、もちろん、いいわ」と玲が答えたので、俺は指の動きを再開させた。


 玲の指は、昔よりもずっと細くなったと感じたが、果たして、掌に性感帯なんてあったかしら?と思わんばかりに、俺のいいところだけを存分になぞるその指を見ることなく、閉じた瞼の中で想像した。


「あ、そこでいいです」


 玲のマンションの道路を挟んで向かいにある日中一時預かりサービスの建物の前でタクシーを停めさせた。俺の手から離した玲はバッグから財布を出そうとしたが俺はそれを制した。


「ありがとね。ご馳走様。じゃ、また、連絡して」


 おそらく初めて見せるウインクをしながらそう言った玲はタクシーから降りた。

 俺は、さっきまで玲が座っていた左側の座席に移ってお尻に玲の熱を僅かに感じながら車窓に向かって手を振った。



 マンションの部屋に戻った俺は、電気も点けないまま、数年ぶりにマスターベーションをした。

 もちろん、玲の指を動きを思い出しながら、俺の一番の性感帯を刺激させた。




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