第10話 裁ちばさみ

 バイクニケツ事件を機に、俺は、定職に就いて玲と一緒になることを決意した。

 玲を誰も取られたくない、俺だけのものにしたいと思ったからだ。


 特に、ポリシーも志向もなかった俺は、その時に住んでいたアパートから程近い場所にある学校相手の教材・教具販売の会社の面接試験を受けて就職した。

 そして、冬間近の本城市に赴いて玲を中町なかまちにある串焼き屋に誘った。

 俺が、学生時代からあまり縁のなかった中町に誘うものだから玲は少し驚いていたが、串焼きは玲が大好物なものだから俺は其処で良いと思っていた。

 まとまった手持ちのお金も無いから、まともなエンゲージリングが用意できなかった俺は、以前、冬の間に二人の間だけで流行ったプラモデル作りで利用したアーケード街のおもちゃ屋でおもちゃの指輪を買い、二、三杯呑んだところで「俺と一緒になってください」と言って左手の薬指にはめた。

 玲は、想像していたよりも特別に喜んだ様子もなかったが、それでも「ありがとう」と言って俺のプロポーズを受けてくれた。


 その後は、俺の実家に玲を連れて行って両親に紹介したり、玲の実家に行って両親に挨拶したり、昔ながらのやり方を好む俺の親父の言う通り、仲人を立てて式の準備をしたり、二人で住むための新しいアパート探しをするなど結婚に向けていろいろと進めていった。


 プロポーズをしたあくる年の秋に結婚式をすることになったのだが、その年の夏に事件が起こった。

 俺が仕事で不在のアパートに土曜日に訪れた玲が、テーブルに置き忘れた俺の財布の中身を見たのだ。

 札入れのところに、サラ金の明細書が入っており、俺に20万円の借金があることを知った玲は、きびすを返して本城市の実家に帰ってしまった。


【あなたに、こんな借金があったなんて知りませんでした。あたしの親にも報告しましたが親もカンカンに怒っています。とりあえず、あたしは本城に帰ります】


 サラ金の明細書とカードと共に、置き手紙がテーブルにあった。


 俺は、エンゲージリングの代わりに、玲が欲しがっていたお洒落着の時に身に付ける腕時計を買って玲の誕生日に贈っていた。それを機会に生活費が困窮して、軽い気持ちでサラ金から金を借り、それが20万円にまでなっていた、そういうことだった。


 俺は、急いで本城に向かい、玲の実家を訪れた。

 家には、あのお母さんと玲の二人が居たが、居間には上げてもらえず、居間に接している廊下に正座して事情を説明して謝罪した。

 結婚前だというのにサラ金からお金を借りていたことをこっぴどく責められ、俺の親を通してサラ金に一括返済し、二度とサラ金には手を出さないことを約束して、最後に、玲のお母さんが裁ちばさみでサラ金のカードを真っ二つにした。

 その間、2時間。俺は、ずっと板の間で正座しっぱなしで説明やら謝罪を繰り返した。

 もちろん、この状況は俺が作り出したものだから謝罪は当然のこととして、あのバイクニケツ事件の時にも、お母さんは玲に二時間、板の間で正座させて怒ったのかな…と思った。

 なわけは、あるまい。


 このことを知った俺の両親は、俺を叱ったが「なんで、玲さんは、お前に問いただす前に、自分の親になんかに言ったんだろうね。私なら、親に報告するんじゃなくて、本人に言うよ」とお袋は残念そうに言っていた。


 結婚式は無事に行われたが、その日は雨だった。

「我が家のお目出度い日に雨は降ったことが無い」と両親はぼそっと呟いていたが、その暗示が本当によろしくない結末に結びつくことなんて、予想だにしていなかった。

 俺が28歳、玲が26歳のときだった。






 

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