第04話 三梅と完全アウェイ

 無事にとんこつラーメンと半チャーハンを食べ終わった俺は、マンションに帰ってから日本酒の四合瓶を開けた。

 酒処新潟県には、全国にも名の通った日本酒がいくつかあるが、その中で、こし三梅さんばいと呼ばれている酒がある。みね白梅はくばい越乃寒梅こしのかんばい、そして、雪中梅せっちゅうばいの三銘柄だ。

 今夜は、此処、本城もとしろ市に酒蔵がある雪中梅をいただく。

 

 三大夜桜もそうだが、なんでも、“三大”を付けたがったり、有難がったりする趣向が我々日本人にはあるような気がする。この三梅は、元々、越乃寒梅と雪中梅が幻の酒と言われていたのに、幻ではない峰の白梅を無理くり仲間に入れて三梅にした(いったい誰が?)ところが伺える。

 しかし、この雪中梅は、越乃寒梅と峰の白梅の淡麗辛口と違って、甘くて深いコクがあるため、熱燗では俺はとても飲めない。だから、あらかじめ冷蔵庫で冷やした瓶からコップに注いでいただく。お腹は満たされているから、肴は、魚肉ソーセージとスーパーで買ったたくわんの漬物で十分だ。


 大学院仲間、特に、各々の職場で飲み慣れている現職の院生は、週末になると、同じ研究室の気の合う仲間同士で中町なかまちと呼ばれる飲み屋街に“夜の研修”と称して繰り出していたようだ。月曜日になると、研究室のあちこちで「あの店のあたりめは…」とか「やっぱり、雪中梅だね…」みたいな会話が聞こえてきたものだ。

 人口が10万人に満たない小さな市であるにもかかわらず、中町には200軒からの大小の飲み屋があって、しかも、どんなに不景気でも潰れる店が無い、と、誰かから聞いたことがあったが、俺は、院生時代、飲み屋街に足を向けたことは、ほとんどなかった。大体、晩酌なんてすることがなかったし、たまに飲むにしても、日本全国どこでも飲めるようなビールやジン、ラムなんかを適当な酒屋で買ってテレビを観ながら家で飲んでいた。


 そんな折、院生仲間の誰かから「木藤きふじにあるカフェレストランにビリヤード台があるらしい」と聞いたので、ある日、ワクワクしながら大学帰りに自転車を走らせて店に行った。

 確かに、ビリヤード台はあったが、実際のサイズの8分の1くらいの大きさの立派な玩具、といった感じの台が店の真ん中に1台置いてあった。俺はだいぶがっかりしたが、それでも、1~2カ月撞いていなくてムズムズしていたから、他のお客から見向きもされずにオブジェと化していたその台で一人で撞いた。ボールも、キューのサイズも小さいから、それはそれで苦労したけれど、それなりに撞いていたものだから、店のマスターから声を掛けられた。


「お客さん、どこかでだいぶやっていらしたんですか?」


「ええ、まあ、学生時代に少し」


「どちらで?」


「はい。東京で」


「そうでしたか。お若いのにお上手なので、そうなのかなって。今は、うちも、こんなおもちゃみたいな台しかありませんけど、近いうちに、隣の倉庫を改修して、そこにビリヤード台を置こうと思っているんです」


 見たところ30代半ばくらいの肩パッドが入ったスーツ姿のマスターがそう言った。


「近いうち、っていうと、いつくらいですか?」


「この夏くらいには、って思ってます。その時は、是非、うちの店に寄ってください」


 30分ほど撞いた俺は、バナナ生ジュースの代金を払って店を後にした。



 およそ、10年ぶりくらいに飲んだ雪中梅は、舌と喉にほどよい刺激を与えた後に、お腹の中で熱を持った感じがした。

 新潟県にありながら、方言らしい方言も聞こえてこず、飲まれている日本酒も淡麗ではないコクと甘さ。今となっては、さすがに違和感はないが、院生なりたての当時は、(完全アウェイだな)と思ったものだ。


 そして、その夏に、本当にカフェレストランの隣の倉庫に三台のビリヤード台が置かれたので、俺は、ほぼ毎日、そこに通うようになり、やがて、玲にも出会うことになる。

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