第2話 都市管制室 管制課 D班

 管制官には所属するチームごとに執務室が与えられる。チームは大体の場合3人で編成され、多くの場合は2名のベテランと1名の新人や経験の比較的浅い管制官という構成だ。

 管制官の勤務先である管制室は都市上層の中心、第一区画の行政区にあるタワーにあり、そこに執務室はある。

 優秀な管制官として知られた峰都刀助みねととうすけという男が割り当てられた執務室で仕事をしている。端正な顔立ちでよく手入れされた黒い長髪が印象的な男だ。彼のチームは中層の治安維持を担当としているが、日々の報告書や危険分子の情報がまとめられた報告書の閲覧などデスクワークも少なくない。特に峰都のチームは数年前から2名体制のため、他チームより現場に行く回数が少ないのだ。その分書類を見ている時間の方が長い。


「峰都、連れて来たぞ……って、この前片づけたはずの執務室がなぜ散らかっているんだ?」


 執務室の扉がノックされ、長身の男が部屋に入ってくる。彼の名はニール・エイブラムス。峰都の部下にして友人である。彼はサングラスをかけ、気難しい顔をしている。それもそのはず。数日前に彼がきれいに片づけた部屋が資料の散乱する部屋になってしまっているからだ。


「はあ……。まだあの事件のことを調べてるのか?」


 床に散乱している資料の内の1枚を拾い、その内容を見て峰都に問いかける。が、反応がない。彼は他の資料に目を通している。


「あの件の調査はレイスのチームに――」


「黙ってろ」

 

 彼がしようとしていることは自分たちの管轄ではないと言いかけたニールに峰都が不機嫌に言い放つ。彼が目を通している資料は数年前に起きた計画都市襲撃事件についてであった。

 身元不明の特異体質者たちが東京の上層を襲撃した事件で、当時は管制官総出で対応にあたり、鎮圧にあたった。しかし被害も小さくはなく、都市の一部外層が破壊された上に再起不能となった管制官もいた。当時峰都のチームにいた管制官、夜光灯もその一人である。この事件の詳細については不明な点が多く、また不可解な点も多くあるが管制室長からの指示で、この件についての調査は禁じられている。

 夜光の負傷について峰都は責任も感じているらしく、時間を作ってはこの件を調査しているのだ。


「おっと、この件は地雷だったな。それはそうと、新人連れて来たんだからそういうのは後にしてくれよ」


「ん?」


「はっ。本日より配属になりました皇彩花すめらぎさいかです。宜しくお願い致します」


 長身のニールの影に隠れていた若い女性が前へ出て礼をする。彼女は若いながらもまっすぐな目をしており、しかし長い髪を三つ編みにしていることからどこか物静かな印象を受ける。


「皇……。ああ、都市警察の皇か」


 計画都市には管制室とは別に警察機構も存在する。ほとんどの場合、事件が発生した際はこちらが対応することとなっており、重大事件や特異体質がらみの事件は管制室が対応をしている。しかし、警察側はこれを良しとしてはいないらしく数年前に特務課なる優れた特異体質の持ち主だけで構成される部署を設立。そこのトップが皇御先すめらぎみさきという男であった。管制室が彼を引き抜こうとしたこともあったが、きっぱりと断られてしまったと言う。今年の新人に大物がいるとはにわかに噂になっていたが、それは彼女だったというわけだ。


「兄は、身内が誰であろうと管制官である私に関係はありません」


「そりゃ、そうだ。管制室は家柄とか口先だけの奴が居られるほど甘くない」


 自身を特別扱いしないでほしいという旨の彩花の言葉の意図を知ってか知らずか、そっけない態度で峰都は返した。資料を置き、今一度彼女の顔を見ようと視線をあげる。


「っと、失礼」


 そのタイミングを待っていたかのように、デスクで資料に埋もれていた電話が音を鳴らした。峰都は何か言おうと口を開きかけていた彩花に短く言うと、それに出る。


「峰都です。……。はい、はい。場所は?……第二区画の研究棟!?すぐ行く」


「事件か?」


「ああ、夜光のいる場所だ。皇、悪いが研修している暇はない。ぶっつけ本番、お前の実力は現場で見させてもらう」


 

***



「ん……。あ?私は……ノーフェイスの上?どうなってるんだ?」


 クレバーズが目を覚ますと眼前には研究棟の回廊とノーフェイスの装甲がわずかに見えていた。自身の体を見るとノーフェイスのバックパックの上にワイヤーで固定されているようで、進行方向からして外に向かっていることは分かった。


「おい、夜光!何がどうなってんだ?」


「ドクター、悪いけどしばらく我慢してくれ。あと、舌噛むからあんまり喋んないほうがいいよ」


「分かったよ。ああ、クソ」


 先ほどは誰かに気絶させられてしまった。少なくともどこかへ連れ去られようとしているのは確かだが。


「了解。退路の確保は……はいはい」


 前方から自身を気絶させた男の声が聞こえる。その声に一瞬カチンときたが、深呼吸をして冷静であろうと心掛ける。


「すみませんが、退路の確保に手間取っているようで。さすがに大人数の管制官相手だとマジきついみたいです。ちょうど3分。それまでに脱出します」


「分かった。スケールアップ開始。移動用の装備を……」


 話を聞く限り彼らの作戦はうまくいってはいないらしい。


「ハングランサー。アレなら壁に刺しても安定するはずだ」


「あ、ああ。そうか。サンキュー、ドクター」


 クレバーズの助言に納得した夜光がスケーラーの特異体質増幅の効果によって周囲の金属を操り始める。すると何もなかったはずの右腕には金属が液体のような挙動を見せながら徐々に形状を形作っていき、最終的には細長い円錐状の槍の形になった。それを固定する部分にはワイヤーとそれを巻き取る器具がついているのが見える。


「もうすぐ資材搬入の出入口だ。紛居さん、こっちへ」


 前を走る紛居に夜光がそう声をかけると、彼は無言でその声と共に差し出された左腕へと飛び乗り、そのままクレバーズのいる背部へと回り込んだ。この動きを見る限り彼は身体能力もそれなりのようだった。


「とりあえずここを脱出したら西の再開発地区へ。そこに撤退を支援してくれる部隊が残ってます」


「了解。ドクターは任せる。しっかり守ってくれ」


 ノーフェイスがハングランサーを構える。その先端は見えて来た出口を捉えていた。


「グズグズしてられないから早速使うぜ。2人とも衝撃に備えて」


夜光が警告した次の瞬間にはランスが射出され、わずかに機体が揺れた後に急加速をして建物を抜けていった。

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