再起するスペック・スケーラー

九崎 要

第1話 幻肢痛

 東京。かつてそう呼ばれた場所にはそれを覆うような凄まじい大きさの巨大な塔がそびえたっている。外壁は太陽光発電用のパネルで覆われ、その外はかつての文明が嘘かのように荒廃した都市の残骸が広がっている。

 この日は嵐ともいうべき大雨に見舞われており、塔は激しい雨に打たれている。そしてその頂上。最上層は何があったのか一部が破壊され、内部の街が直に雨を受けていた。


夜光やこう!くそっ……!」


 雨の中絶え間なく破壊の音が続く街中で男の声が響く。男は誰かに声をかけたが、その直後に顔面に何かを受け、顔を押さえる。


「ニール、夜光を回収を……。室長は何をしている!?」


 男はまた違う誰かに声をかけるが、直後にこの惨状を間接的にとはいえ作り出した一人である自らの上司に悪態をつく。

 今回はそれほど難しい仕事ではなかったはずだった。それなりの敵がいるとはいえいつも通りこの"計画都市東京"への反抗勢力を鎮圧する。いつもと同じ仕事のはずだった。


峰都みねと、回収完了した。鎮圧は他の管制官たちに任せて来たが」


 ニールと呼ばれた不健康そうな顔つきの男が、顔にダメージを負った峰都の影からぬるりと現れた。彼はその腕に苦し気な表情の青年を抱えており、その青年は左腕を根元から引きちぎられたように切断されていた。


「夜光はダメだ。"起点"の左腕をやられてしまった。一度退こう」


 その青年、夜光に手を伸ばしかけたときにニールにそう声をかけられた。峰都はその言葉に自身の不甲斐なさを痛感する。が、今どうこうできるものでもない。


「夜光、すまない。やってくれ」


 ニールはその言葉に頷くと、自身の周りから泥のような"影"を生み出し、三人を覆った。



***



「回路は全部つないだ。起動してみてくれ」


 どこかの研究室、その中の広くスペースが取られている場所である機械の開発がひっそりと行われていた。コンクリートがむき出しの箱のようなデザインのその部屋には様々な部品、機械が乱雑に置かれている。その奥に機械とそれに接続している端末それぞれに人がついており、端末を操作している男が機械を起動しようとしている方の人影に声をかけた。


「了解。ノーフェイス起動」


 機械はまだ最低限の骨組みしか完成していないような状態であったが、起動テストはできる程度には動かせるようだ。もう一人の男が応え、起動させた。

 


***


 いつからか、人には"特異体質"と呼ばれるその個人特有の能力が備わるようになった。それは以前から超能力と呼ばれていたような念力やパイロキネシスに始まり、果ては特定の原子や分子の操作と多岐にわたった。もちろんそれに関する研究もすすめられていたが、そういったことがある程度の成果が上がるころには世界の資源は尽きかけ、人々は都市機能を集約した"計画都市"を建造しそこに住まうようになっていた。

 計画都市は最低でも3層の階層に分かれた巨大な塔であり、壁面などには太陽光発電用パネルが可能な限り設置されている。最上階には衛星軌道上にある発電施設から送信されてくる電力を受信する施設があり、そこから都市全体に電力が供給されていく。と言ってもどの都市も下層までいく電力は乏しく、上の層と比べ設備等も整っていない。そういった都市の性質もあって下層は落伍者や貧民といった身分のものが多く、治安も悪い。

 各都市には警察機構のほかに特異体質を持つ者のみで構成された都市管制室という治安維持組織があり、日々治安維持をしているが特異体質を持たない者たちからの反感を買っている。これが計画都市の現状だった。


「……」


 病室のような一室でベッドの上からすぐそばの窓の外を眺める青年がいた。彼は片腕がなく、表情もどこか憂鬱さを感じる。彼の眺める外には高い外壁と特殊な装甲に身を包んで巡回をしている警備員に、彼と同じ雰囲気を漂わせながら整えられた芝の上を歩いている怪我人たちが見えた。彼らは青年と同じく体の一部失いこの施設に収容された、いわば同類だ。

 この施設に入れられてから嫌というほど分かった。いかに特異体質というものが社会的なステータスとなりうるかを。それがない者、または失った者に対する世間の扱いはひどいものだ。例を挙げるならこの施設。ここは計画都市の研究施設の一つであると同時に職務上の怪我や災害によって特異体質を発揮できなくなった、または著しくその能力が低下した者たちを収容しておく施設だ。ここであるものは実験の被検体となり、あるものはただひたすら時間を消費するだけの空虚な人生を過ごす。

 青年はどちらかと言えば後者だ。優秀な特異体質を持っていたが故に失った時の喪失感と今までとは違う自身に対する扱いのギャップについていけていない。しかし、それ以上に今ある思いが青年に生まれつつあった。


「俺はこんな世の中のために管制官になったんじゃない……!」


 臭い物に蓋をするようなこの施設の有様と、いままで何も知らないまま管制官という職で都市を守った気になっていた自身に憤りを感じる。確かに都市は守れていたかもしれないが、救われていない住人は数多くいたことを彼は痛感していた。


***



 その機械は人型であった。大きさは5,6mであろうか。背部にある小さな制御室コックピットのみが完成と言える形になっており、そこに一人の男が乗り込んだ。名は夜光灯やこうあかり。計画都市東京の治安維持を目的とした都市管制室に勤める背の高い男だ。研究室内が暑いのか、夜光は着用していた作業着の上着を脱いでインナーのみの姿となっている。そしてそのせいか、根元から義手となっている左腕が目を引く。


「スペック・スケーラー、ノーフェイス。起動に問題なし。各部の状態、良好」


「よし、いいぞ。ぼーっとすんなよ。次、直立してみろ」


 端末を操作する粗雑な言葉遣いの男が次の指示をする。彼の名はクレバーズ。都市管制室の技術開発部に所属する技術屋で、主に管制官たちの使用する装備開発を行っている1人だ。


「了解」


 スペック・スケーラーと呼ばれた機体が立ち上がる。ほぼフレームのみで貧弱な印象を受けるが、それは数秒後には払しょくされた。


「次、スケールアップ」


「了解、スケールアップ開始」


 音声認識によってノーフェイスのシステムが"スケールアップシステム"を起動させた。すると、コックピット以外は骨格のみだったそれに金属が纏わりつき、見る見るうちに装甲を形成していく。それはクレバーズの用意した元は特殊鋼の塊だが、"スケールアップ"を開始したことによりそれがノーフェイスの四肢を伝わり灰色の装甲となったのだ。

 これは夜光の持つ特異体質、金属操作によるものだ。特異体質は体の一部を起点として超常現象を発現するもの。夜光の場合は左腕だ。では、起点が無くなってしまったらどうなるのか?答えは単純。特異体質をほぼ操れなくなってしまう。現に夜光は左腕を失い義手としているため、今ではアルミ箔程度の軽さの金属しか操れない。

 そこでスケールアップだ。2人が開発したスペック・スケーラーは搭乗者に簡単な施術をあらかじめすることによって失われた特異体質発現の回路を作り出し、それを増幅させる機能がある。これにより、理論上は起点を失った者でも以前以上の力が発揮できる。

 

「すごいぜ、ドクター。これは以前以上の力だ。まさかもう一度この感覚を味わうことになるとは……」


「当たり前だ。私が開発したのだからな」


 それがさも当然のことのようにクレバーズは答える。元は失った特異体質をよみがえらせるための研究であったが、今の技術では特異体質をよみがえらせることはできてもそこに消費されるエネルギーは膨大であった。そのエネルギーを供給するためにスペック・スケーラーは設計された。その副産物として特異体質の増幅というおまけがついてきたが。

 体に装甲を纏ったノーフェイスが狭い研究室の中でその機体を確かめるように動かす。両腕と両足はコックピットに備え付けてある機器に潜り込ませるようにして入れており、感覚で言えば"自身の手足を扱う"かのように機体を操れている状態だ。


「とりあえず今日はこの辺にしておこう。データをまとめにゃならんし」


「了解。スケールアップ停止、システムシャットダウン」


 片膝をついてその動きを止めたノーフェイスのコックピットが開き、夜光がそこから出て来た。彼はさほど体力を消耗していないにも関わらず全身から汗が噴き出しているようだった。


「緊張と高揚で変な汗かいちゃったよ」


 軽く笑いながらコックピットから降りようとする夜光にクレバーズが神妙な面持ちで声をかけた。


「……緊張は解くな。外が騒がしい」


「外?つっても外は演習場と外壁くらいしかないだろ?」


「だからそこが騒がしいんだよ」


 クレバーズがそれを言い終わるかといったところで大きな振動が建物を襲い、直後研究室の壁に大きな穴が開いた。いや、正確には削り取られたようだった。


「ドクター!」


「ちぃッ!」


 夜光が再びノーフェイスを操縦しようとし、クレバーズがノーフェイスに駆け寄るが、そこで聞き覚えのない声が響いた。


「動かないでいただきたい」


 土煙の中、人影が動く。夜光は急いで停止したシステムを再度立ち上げるが、クレバーズの姿が確認できない。センサーを熱源探知に切り替える。


「ドクター、どこにいる?」


「動くなといっている」


 熱源探知が人らしきものを捉えた。しかしそれは1人のものだけではなかった。最低でも4人分の熱源がある。

 視界を遮るものがなくなると同時に状況が明らかになる。クレバーズは何者かに捕らえられており、その者と同じような服装の2人がノーフェイスを警戒するように囲んでいる。男たちは騎士を彷彿とさせる被り物をしており、首から下は厚手のコートのような衣服に身を包んでいる。その姿から何者かを察するのは難しい。


「何が起こってるんだよ、ちくしょう!」


「リーダー、対象を発見。もう少し人を寄越してください。対象にパイロットが乗っている」


 夜光が悪態をついている間、クレバーズを捕らえた男がどこかに通信をする。どうやらまだほかにも侵入者がいるらしい。だが、この侵入者は少々運が悪かったようだ。


「この場にいるやつ、全員動くな。動いたらこの部屋ごと燃やす」


 堅牢な作りなはずの扉が焼き切られ、1人の血の気の多そうな印象の青年とそれに従う装甲を纏った兵士たちがその姿を現した。

 血の気の多そうな青年の名は矢代景やしろけいという。若くして都市管制官となった有望な若者だ。典型的なパイロキネシスの持ち主であるが、それゆえに使い手の技量が問われる。そして彼はその技量のある人物だ。しかし良い家の出であるせいかプライドが高く、同期であり平民で出である夜光などとは反りが合わない。

 そういった経緯もあってか、この場にいる彼の発言は夜光やクレバーズの身の安全など考えてもいないものだ。


「どうなってんだ!俺の研究成果に触れるなよ、ゴミが!」


 状況の飲み込めないクレバーズが誰に言うでもなく喚き散らした。彼はその名の通り賢い男の癖に感情の起伏が激しすぎる。


「……しかたあるまい。そこの機械、この男を殺されたくなければ抵抗せずについてこい」


 クレバーズを捕らえた男が手慣れた動きで彼を気絶させると、担いで研究室を出ようと動き出す。


「てめえ!ふざけたことを……!」


「喚くな、マジコイツの頭ぶち抜きますよ」


 男は苛立ったのか、先ほどのような硬い口調ではなくなっていた。どうやらこちらの口調が彼の素らしい。拳銃を取り出して気を失ったクレバーズの頭に突き付ける。

 それを見て男の本気を悟った夜光は機体を起こし、男に続こうとする。その瞬間。


「俺を無視して好き勝手するな」


 ドスの効いた声と共に研究室が炎に包まれる。矢代だ。彼は一瞬にして起点である右腕から生み出した炎で逃げ場を封じたのだ。


「夜光、この男のいうことを聞くな。クズになり下がったとはいえ誇りある管制官なら犠牲を覚悟しろ」


「俺は……うんざりしてたんだ。あの日から」


「あ?」


「俺はもう管制室を信じられない。俺が信じるのはドクターとこの機体だけだ。悪いな、お坊ちゃん」


「なっ!?お前!」


 機体を動かす。次いでスケールアップもだ。金属製となった左腕に力を込めて、その特異な力を振るう。スケーラーに搭乗している以上、特異体質を発揮するために起点である左腕を使う必要はないのだが、これは癖だ。

 ノーフェイスと矢代との間には室内にある金属が集まり、壁を形成していく。同時に他の箇所は金属がなくなり抉られたような状態になっていく。


「夜光!ふざけるなよ!」


 金属の壁が形成し終わる前に矢代は走り出し、炎でもって空間を維持しようとするがそれは叶わない。最後に残ったのは夜光によってつくられた金属の分厚い壁と矢代の心から夜光を憎むような声だけだった。



***


 気絶したクレバーズを抱えて侵入者の男が走る。どうやら逃走ルートは確保されているらしい。一定間隔に同じ服装をした男の仲間がおり、ルートを指示してくれる。そんな男の後ろを夜光の搭乗するスケーラー、ノーフェイスが追従する。

 

 ある程度進み、もうすぐ施設から脱出できるだろうかといったところ、男が息を切らしながら立ち止まった。


「リーダー、脱出口付近に配置した俺の反応が消えました。増援は……そうですか。幸いスケーラーのパイロットは協力的です。何とか俺たちだけでやってみます」


 少々苦い顔をしつつも、おそらくはこの襲撃の主犯格と思われる人物と連絡を取っている男。通信を終えると、ノーフェイスに向き直り、口を開く。


「スケーラーのパイロット、悪いが手を貸してくれませんか。こちらの脱出ルートに管制官が現れたらしく、少々厄介です。かく乱は俺がやるんで、突破を頼みます」


 男はそういうと、相変わらず白目をむいて気絶しているクレバーズをノーフェイスに差し出す。一時の感情に任せて同行した夜光であったが、彼は信用に値するかもしれないと直感的にそう思った。


「分かった。あんたたちが何者かは知らないけど、手を貸そう。なんとなくだけど信用できる……ような気がする」


「ありがとう。君の直感は正しいですよ。俺たちは特異体質を持たない人、特異体質というものに苦しめられている人々を守るために活動しているんですから。夜光灯さん。あなたがもし俺たちと共に来るのなら歓迎しますよ」


 男はノーフェイスが差し出した腕にクレバーズを乗せた。そしてノーフェイスへ向き直ると右手で指を鳴らす。すると彼の姿が


「俺は紛居まがい。見ての通りかく乱に向いている特異体質です。短い付き合いかもしれませんが、よろしく」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る