第3話 対峙

 現場はひどい有様だった。きれいに手入れされていた芝はところどころが抉れ、焼け焦げており、堅牢なはずの建物も外壁が破壊されている。警備にあたっていた装甲騎士はすべて無力化されており、そこに詰めていた管制官も無傷のものは少ない。そして、状況を見るにそれを引き起こしたのは一人の男のようだった。


「おい、どうなってる?」


 戦闘の場から少し離れた場所に横たわっていた一人の装甲騎士に峰都が声をかけた。


「段違いです。装甲騎士……では、全く歯がたちません」


「この状況はアイツ一人がやったっていうのか?」


 改めて周囲を確認すれば、装甲騎士たちは一度に無力化されたようであった。しかもそれでいて気絶しているだけのようであった。装甲騎士は管制室の主力戦力であり、管制官になれるほどではない者たちで構成されている。基本的には身体性能を高めるパワードスーツのようなものを装備しており、そういった事情から特異体質さえあればだれでもなれる。とはいえ人並み以上の身体能力が要求されるが。

 対して管制官の方は容赦のない攻撃を浴びせられており、ほとんどの者が何かしらの負傷をしている。


「ニール、皇。騎士たちの撤退を援護しろ。ヤツは手強いぞ」


 峰都はかろうじて意識の残っていた装甲騎士をニールに任せると、戦闘の場へ走っていく。もちろん特異体質を発動してだ。

 

「D班の峰都、助太刀に入るぞ」


 彼の特異体質は自身の髪の操作及び変質だ。いつも丁寧に手入れをしている長い髪は彼の鎧となり、彼が制服の裏に常備している切断された髪は武器となる。

 攻撃準備をしつつ急接近する。懐から取り出した髪束は硬質化し、先端が鋭くとがっている。


「峰都さん、迂闊な攻撃は――!」


 見知った男の声が聞こえた。声のした方向をちらりと確認すると、見知った顔が峰都と同じように敵へ向かって駆けていた。


「矢代か!」


 硬質化された髪束を振り抜く。すると、そのうちのいくつかの毛髪が針のように向かっていった。目の前の敵は妙なデザインのヘルメットを着用しているため表情は読めない。その男は右手を峰都の方へ向ける。まるでそれで防げることを確信しているかのように。

 男は右手の平で峰都の攻撃を受ける。しかしダメージを負った様子はない。というのも硬質化した毛髪は右手に吸い込まれるようにして消えてしまったのだ。男は今度は左手の平を矢代に向けた。すると消えた毛髪が左手より飛び出した。依然として固いそれは矢代めがけて飛んでいく。


「言わんこっちゃない!」


 硬質化したとはいえ元は毛だ。それにただ飛んでくるだけののそれは矢代にとっては躱すまでもない。

 手元に炎を発生させ、それを壁のように自身の前に形成させる。もともと牽制程度に放たれた攻撃は、その炎を前に塵と消える。


「あいつ、物や現象をああいう感じで返してくるんです」


「珍しい体質だな。経験の浅い奴らじゃ相手にならんわけか。なら……!」


 よほど珍しい体質でなければ起点となる部位があるはずだ。それならばそこを外して攻撃をすればダメージは通るはずだ。一気に詰め寄り、ヘルメットや衣服で防護しきれていない喉元を狙い突きを放つ。いくら手練れといえど、避けきれない速度だ。

 

 「はっ」


 ヘルメット越しにくぐもった声が聞こえる。男は髪を束ねた剣が届く前に左手を喉元まで引き寄せて掌を外側に向けた。

 

「ぬ……あッ!」


 なぜ右手ではないのか。矢代の口ぶりだと敵は右手で"収納"し、左手で"放出"する。ならば攻撃を防ぐなら右手ではないのか。それに峰都は気づくのが遅れた。

 男の左手から放出されたのは水。それもダムが決壊したかのようなとてつもない量。都市管制官とはいえ人間が耐えられる勢いではない。それをまともに食らった峰都は大きく吹き飛ばされてしまった。


「潮時か」


 放出した水が雨のように降る中、男が呟くと同時に搬入口の一つから大きな音が聞こえた。



***



 射出したツメ付の槍、ハングランサーが着弾した感触が伝わったと同時にワイヤーの巻き取りを開始する。それは想像以上に早く、まるでジェットコースターの急降下時のような速さで通路を抜けていった。


「おおっ……!」


 外に投げ出される瞬間に槍のツメを格納し、壁面から抜き取る。そしてその次の瞬間には眼下で何もないところから大量の水が流れ出すのが見えた。よく見れば1人の男を囲うようにして複数の都市管制官が戦闘態勢を取っており、囲まれている方の男は紛居と同じような衣服を着用している。恐らくアレが先ほど彼と連絡を取っていた人物なのだろう。

 それにしても複数の管制官を1人で相手にするなど誰にでもできる芸当ではない。特異体質も戦闘センスも抜きんでた人物であることがその場の状況から伝わって来た。


「リーダー、目標確保!撤退を!」


 勢いあまって外壁に着陸した。大きな音がたってしまった。あちらで戦闘をしていた管制官たちにも気づかれただろう。それと同時に紛居が自身の分身を幾つか生み出し、リーダーと呼んだ男へ向かわせた。


「夜光さん、機体を近づけて!コイツならあと一人くらいは乗せられるでしょう?」


「分かっている!」


 特異体質を発動し、下までの長い鋼板を形成するとそのまま滑り降りていく。男の方もこちらへ移動してきており、その付近では紛居の分身が時間稼ぎをしている。


「さあ、こちらへ」


「手間をかける」


  機体の背部に男が乗る。そして当然だがそれを都市管制官たちが追ってくる。


「夜光!貴様!」


 その中に夜光の見知った顔がいた。矢代だ。彼にはこの機体と離反したことを知られている。少なくともその情報によって場が混乱している間に脱出せねばならない。


「あいつもしつこい……!」


「良家の坊ちゃんの癖に仕事熱心だこと」


 後ろで縛られているクレバーズが苦笑しながらつぶやく。


「夜光?アレに乗っているのが夜光なのか?」


「そうですよ。あいつこの騒ぎを起こした連中とグルだったんですよ」


 矢代が炎で男の行く手を阻もうとするが、先ほどの水のせいで出力をあまり上がらないらしい。炎がいつもほど勢いがない。


「峰都さんもいるのかよ!」


 外には聞こえないよう音声を切っておき、コックピット内で悪態をつく。そこまで大声で言わなくともいいじゃないか、と。


「夜光!お前なら答えてくれ!なぜそちら側にいる?」


「峰都さん、悪いが今は行かせてくれよ……!」


 驚きを隠せないでいる峰都の問いに夜光は答えない。回収を完了させると目の前に金属の壁を作り出す。広い場所故に大した時間稼ぎにはならないが、それで十分だ。施設を囲うように建造された壁にハングランサーを突き刺し、そしてそのままそれを使い壁外へと離脱した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る