第222話 波乱万丈の王位簒奪レース(11)

 自室に戻ってから、しばらくベッドの上で横になっていると扉が数度ノックされた。

 レイルさんが、商工会議まで2時間くらいはあると言っていたけど、随分と早い。

 ベッドの上で横になっていたから皺になった服を手で直してから髪の毛を手櫛で軽く整えてかドアノブに手をかけて開ける。


「――お、お母様……」


 扉の外に立っていたのは、レイルさんではなかった。

 気配からして、お母様しか居ないように思えるけど……、もう帰ったとばかり思っていた。


「お父様と一緒にお帰りになられたのでは?」


 お母様一人で来るなんて思わなかった。

 貴族の女性は基本的に夫を立てるのは美徳とされている。

 だから、交渉などは男性がメインで行い、場の華として、女性はその場にいるだけなのが普通。

 お母様は、元・伯爵家令嬢。

 そのへんは、痛いほど知っていると思っていただけに私は驚いてしまった。

 おそらくレイルさんも、お父様が引き上げればお母様も追従すると思っていただけに、私の部屋への接近を許してしまったのだろう。


「娘の様子がおかしかったからバルザックに無理を言って来たのよ?」

「……と、とりあえず――」


 扉を開けて、お母様を室内に招き入れる。

 

「ここが、貴女のお部屋なの?」

「はい。一応、そういうことになっています」


 ベッドや化粧台は、前の代官が購入したかどうか分からないけど倉庫に入っていた物を流用しているし、テーブルや椅子に至っては、購入するとお金がかかるから、レイルさんが建物内で一番、良い物を見繕って部屋に持ってきてくれた。


「そうなの……。まるで殿方のお部屋のようね」

「……そ、そうですか……」

「ティア?」

「は、はい?」


 受け答えをしていると、お母様が振り返ってくる。

 その表情はどこか怒っているような……。


「貴女、ずいぶんと口調が悪くなったわね」

「周りが男ばかりだと……」

「貴女は、シュトロハイム公爵家令嬢なのだから、言葉遣いにも気をつけないと駄目よ?」

「分かっています」


 そういえば忘れていた。

 お母様は、礼儀やマナーに煩かったということを。


「言葉遣いは後で直すとして……、この子が噂の妖精さんなの?」


 お母様はベッドの上でダラけている2匹のブラウニーを手のひらで掬い上げるとジッと見ながら私のほうを見てくる。


「はい。一応は――」

「ウラヌス公爵が言っていたのだけども、これらは貴女の魔力に惹かれてくると――」

「そういうことになっています」


 私が答えている間にも、お母様は好奇心の詰まった目で見ながら、妖精ブラウニーのお腹を人差し指で押している。

 他の人がするとイヤイヤする行為を、妖精が受け入れている。

 私以外の人間が触るのは極端に嫌がるのに謎。


「あの……、お母様。私、これから商工会議があるのですけど」

「そうだったわね」


 ハッ! とした表情をした後、お母様が妖精をベッドの上に下ろすと室内の椅子に腰掛ける。

 相手が座ったのに立ったまま対応するのは失礼だと判断し私も椅子に座ると「それで、ティアは何時、リースノット王国に戻ってくるの?」と、お母様が語りかけてきた。



「何時と言われましても……」

「何時までも、殿方のような立ち振る舞いが許されないのは分かっているわよね?」

「えっと……」


 一応、中身は男なんですが……。

 煮え切らない態度を見てとったお母様は、大きく溜息をつく。


「ティア。貴女はシュトロハイム公爵家に生まれたのは自覚しているわね?」

「……はい」

「たしかに、貴女がリースノット王国やシュトロハイム公爵家に齎した富は莫大だわ。でもね、貴族の女には跡継ぎを生むという仕事があるのは分かっているわよね?」

「……それは――」


 極力、考えないようにしてきたことだけど、真正面から言われると正直辛い。

 見た目は女性だけど、中身は何度も言うけど男だから、淑女としての嗜みや立ち振る舞いは、教えられたけど納得はしていなかった。


「貴女も、もうすぐ成人するのよ? それなのに、いまだに婚約すらしていないなんて将来を、どう考えているのかしら?」

「一応、考えています……」


 相手が同性だと、突っ込みに容赦がない。

 

「ユウティーシア。商工会議の面子が集まっ――」

「そ、そうですか!」


 私は、急いで行かないといけませんね! という風に見せて椅子から立ち上がりレイルさんの腕を掴む。


「お母様、会議は時間がかかると思いますので、その話は後日ということで。それでは失礼いたします」


 お母様からの返事を聞く前に部屋の扉を閉める。

 するとレイルさんが「どうして、お前の母親が部屋に居るんだ?」と、問いかけてきた。


「娘の様子が気になったみたいです」




 


 

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