第221話 波乱万丈の王位簒奪レース(10)

 私は、椅子に座ったまま最後に喧嘩別れした妹であるアリシアの事を思い出す。

 幼少期から魔力に秀でていたアリシアは、シュトロハイム公爵家の財政が健全化すると共に、内外の貴族などから縁談が舞い込んできたらしい。

 シュトロハイム公爵家の財政状態が赤字だったときは、どこの貴族も見向きもしなかったというのに。


 ただ、その縁談を全て破談となっていた。

 理由は、相続である男児がいないから。

 

 私が、幼少期にクラウス殿下――、王家に嫁ぐことが決まっていた為に……。

 アリシアが婿を取ってシュトロハイム公爵家を継ぐことが内々に決まっていたのだ。


 ――それを私は、ウラヌス公爵様から教えられて知っていた。


 ただ、私は妹からは距離を持って暮らしていた。

 それは、何故かと言うと私は、本当の私ではないから。

 私という存在は転生してきただけ。

 前世の記憶が無いのなら、本当の姉妹として接することは出来たのかも知れない。

 だけど、私は自分自身がこの世界の人間ではない紛い物だと言う事を、理解していた。

 だから……。


 私は、すぐに貴族学院の宿舎に入った。

 そう、勉強のためなんて嘘。

 私は、怖かったのだ。

 自分の取り巻く全てが本物であったとしても、その中心にいるのは異世界人である知識を持つ私は――。



「そうだ。アリシアは、お前を姉だと慕っていたからな。お前には、リースノット王国に戻ってもらう。どうかしたのか?」

「――いえ」


 私はお父様の言葉に頭を振りながら、呆けていた意識に活を入れる。

 おかしい。

 異世界に居た時の自分の名前が。

 まるで虫食いのように記憶が――、名前の部分だけが思い出せない。

 それでも、お父様に命令に従うことは私には出来ない。

 

「申し訳ありません。私には、その資格はありません」


 お父様にハッキリと自身の気持ちを伝える。


「資格? ティア、お前も貴族としての教育を受けているのだから理解しているのだと思っていたが、当主の命令は――」

「わかっています。絶対だということは……」


 私は、両親に何と説明していいのか分からずにいた。

 もし、私の状態を両親が知ってしまったら二人は何と思うのか、この借りている本来のユウティーシア・フォン・シュトロハイムに迷惑をかけてしまうかもしれないから。


「それなら!」

「シュトロハイム公爵様。そろそろお時間が……」


 お父様が、私に詰寄ろうとしたところで、レイルさんが合間に入ると、商工会議の時間だと伝え私の手を掴むと引っ張ってくる。


「まだ話は済んでいないぞ!」


 レイルさんは私を立たせると、お父様に向けて一礼すると「申し訳ありません」と、頭を下げていた。


「商工会議は重要な議題の時に集まり町の経営について話合っているのです。そして、それはミトンの町に暮らす人口1万人の生活が掛かっているのです。今回は、ユウティーシア嬢のご両親ということで時間を作りました。――ですが、町の経営にまで影響するようでしたら……」

「脅すつもりか?」

「脅すも何も、ここミトンの町は特殊経済地域でありますので――」

「何?」

「ご存知かと思いますが、この町の経営にはアルドーラ公国も関わっておりますし、海洋国家ルグニカと疎遠状態とは言え立派に海洋国家ルグニカの領地内です。リースノット王国の……、しかも公爵家程度が出しゃばっていいものではないと思いますが?」

「――な!? 貴様!」

「やめてください、お父様!」


 私は、掴みかかろうとしたお父様の手を掴む。


「ティア!?」

「お怒りをお納めください。レイルも言いすぎですよ?」

「俺は間違ったことは言っていない。それよりも時間が無い。早くいくぞ!」


 彼が――、レイルさんが私を庇っているのは分かった。

 だけど……。


「貴方、良いではありませんか? しばらくは、この町に逗留すればいいだけの話なのですから」

「だが、それでは――」

「貴方?」

「――うっ。わ、分かった……。ティア、時間が取れたら連絡を寄越すように。そこの者には私達が宿泊している場所は伝えてある」

「わかりました」


 お母様が、仲介に入ってくれたことで話合いは決裂することはなかったけど……。


「いくぞ」


 レイルさんは私の手を握り締める。

 二人で部屋から出ると扉が閉まると同時に私は緊張の糸が途切れてしまった。

 倒れかけた所をレイルさんが支えてくれる。


「申し訳ありません」

「……お前、何か隠しているだろう?」

 

 彼の言葉に私は頭を振るう。

 誰かに話をして解決するような内容ではないから。

 

「何も隠していません。お父様は少し苦手で……」

「だろうな……。俺もああ言う貴族らしい貴族は好かない。スメラギの件もあるからな」

「そうですね……」


 私はレイルさんに支えられたまま、彼の言葉に同意する。

 ミトンの町を捨てて逃げたのは総督府スメラギの王家に連なる貴族だから。

 そしてレイルさん達、兵士や町の人は貴族に放り出されたのだから反発も強い。


「……あの、レイルさん助かりました」

「いい。ミトンの町に暮らす人間で、お前を嫌っている人間はいないはずだ。貴族の圧制から解放してくれた恩があるからな。それに……、今だってスメラギが攻めてこないのはお前がいるからだ。だから……、少なくともお前には俺達が居るってことを忘れるな」

「……はい」


 レイルさんの言葉に私は小さく頷くけど、彼の言葉はとても重く私の肩に圧し掛かった。

 何故なら原因不明の病を引き起こしているのは私が原因なのだから。




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