第220話 波乱万丈の王位簒奪レース(9)
「大丈夫か?」
何で大丈夫と聞いてきたのだろう?
理由は分からないけど、私はなるべく気持ちを表情に出さないよう心がけて顔を上げる。
「……は、はい。大丈夫です」
一瞬、言葉詰まってしまったけど、レイルさんの問いかけに私は答えた。
「それで、お父様とお母様はどちらに?」
「下の階の執務室で待っているんだが、どうする?」
「どうすると言われましても会わない訳にはいきませんので――」
正直言うと、お父様とお母様にはあまり会いたくない。
お父様に関しては、あまりいい思いではないから、突っぱねる事は容易だと思う。
だけどお母様は、私にやさしく接してくれたから無碍にすることは出来ない。
それに、どうしてミトンの町に私が居ることに両親は気が付いたのだろう?
「そうだな」
レイルさんが神妙な顔つきで頷いてくる。
現在、リースノット王国は、私が転生してきてから行政・司法・教育・経済が急速に発展してきていて隣国の大国であるヴァルキリアスと肩を並べるまで成長している。
その王国の大貴族であるシュトロハイム公爵家の夫妻を、レイルさんだけで対応するのは無理がある。
それに、私に会いに来ているのだから会わないと、直接的に手を下せないとは言え商工会議内でのレイルさんの立場も危うくなってしまう。
私は小さく息を吸ってから吐く。
まずは、お父様とお母様に話をしていい内容をいけない内容を精査する。
正直、話をしたらいけない内容だらけだけど、そこは上手く誤魔化すしかない。
「それでは参りましょう」
レイルさんを共だって階段を下りていく。
階下へ降りたところで左へと進む。
すると、通路の先には扉が見えた。
扉を数度ノックすると、「ユウティーシアです」と、室内に向けて言葉を紡いだあと、扉を開ける。
室内には、数脚の椅子が用意されている。
いつもは、レイルさんが座る椅子と私だけの2脚しか置かれていないし、中央にテーブルが置かれているようなこともない。
それが、いまは執務室内がお茶会のようになっていた。
部屋の中央には、細かな細工が施された木製のテーブルが置かれていて、テーブルの上には、高そうなティーセットが置かれている。
私は、その様子を見ながら後ろに立っていたレイルさんに「あんなものありましたけ? 私、見たことないのですけど?」と、レイルさんに聞こえる声量で語りかける。
するとレイルさんも、「以前の代官が使おうとしていたものらしい。倉庫にあったんだ」と答えてきた。
彼の言葉に、「なるほど」と、私は思う。
見るからにして高そうな陶器に見えるから、レイルさんなら絶対に買わない。
「ティア、そんな所で立っているな」
お父様は、不機嫌そうな表情で、私に語りかけてくる。
どうやら、私とレイルさんがコソコソと話をしていたのが気にいらなかったらしい。
「はい……」
私は執務室内に入ると、テーブルを挟んだ向かい側の椅子へとスカートを押さえながら腰を下ろす。
両親は、私の一挙手一投足を見ているように感じられる。
しばらく執務室内を何とも言えない静寂が包み込む。
その静寂を打破したのがレイルさんであった。
「失礼ですが――、ユウティーシア嬢は、ミトンの町の商工会議の経営者の一人であり1万人の住民の生活を支えておりますので、そこまで時間は取れません。このあとも商工会議の者達と今後の対応を決めなくてはなりませんので、時間はあまり無いと思ってください」
「それは、こちらの事情よりも優先することなのか?」
「はい。こちらは住民の生活に直結しておりますので」
レイルさんが、お父様の言葉に対して的確に答えている。
兵士の時の彼を知っている私としては、驚くほど為政者として成長したと感慨深い。
「そうか、すまなかったな。お前の名前は?」
「レイルですが?」
「なるほど……、お前が――」
「何か?」
「いや、何でもない」
レイルさんと、お父様の話を横で聞いている限りでは、レイルさんはお父様を殆ど知らないように見受けられる。
でも逆に、お父様はレイルさんを知っているかのような素振りを見せているような。
「さて、ティアよ」
「お久しぶりです。お父様」
「挨拶はいい。すぐにリースノット王国に戻ってこい」
「――え?」
お父様が、私に命令をしてきた?
幼い頃を抜かすと、命令をされたのはずいぶんと久しぶりな気がする。
「それは……」
「出来ないとは言わせないぞ? お前が居なくなってからアリシアが食事も殆ど摂らないようになり寝込んでいるのだ」
妹が、寝込んでいるという事実に私は絶句した。
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