第100話


 毎日が地獄であった。

 大量に押し寄せる魔物。

 怪我、逝去する冒険者や王国兵士。

 いくら治療を施しても終わりが見えない毎日に私はいつしか疲れきっていた。


 事態が好転したのは何時からだったのだろう?

 

 突然、魔物が防衛拠点に姿を見せる事がなくなった。

 冒険者ギルドやアルネ王国騎士団が山を散策したが、今までの戦いが嘘のように魔物の姿が消えていたらしい。

 そして1年が経過する頃、最低限の設備だけを残し王国軍は撤退していった。

 それと入れ替わるようにアライ夫妻が代官として赴任してきた。

 私は、彼らの目を見て思った。

 有事が起きた際、彼らは村を捨てるのではないのか、と……。

 

 だが私が口を挟める領分を越えていたので口には出さずにいた。

 そして防衛拠点は、アライ村と命名された。


 それから数年後、奇妙な行動を取る子供がいた。

 名前をユウマと言うらしい。

 ユウマ君の両親は元は冒険者であり、防衛拠点で一緒に戦った戦友でもある。

 

 ユウマ君が3歳になる頃には、信じられないほど村は実りある豊かな土地になっていた。

 アルネ王国全土で飢饉が起きてる時であっても疫病が発生してる時であってもアライ村は平和そのものであった。

 おかげで冒険者ギルド支部は、仕事が無いと撤退してしまった。


 私は、司祭としての仕事である住民の悩みなどを聞こうとしたが村が平和すぎて悩みがなかった。

 仕方なく毎日、住民名簿と租税管理くらいしかする事がなくなってしまう。

 

 毎日が平和であった。

 

「ウカル様!ウカル様!」

 気がつけば、私は体を揺さぶらていた。

 ああ、走馬灯を見ていたんだなと思いつつも……。


「どうかしましたか?」

 ……と聞くと。


「ハネルト大司教様がお目覚めになられました。大至急、ウカル様をお呼びになれと……」


「大至急ですか?」


「はい」

 ああ、私の司祭としての出世街道は終わってしまった。

 どこから見てもアルネ王国王都アルネストのアース神教本拠地の神殿より遥かに立派な建物ですから。

 アース神教に喧嘩を売ったと思われても仕方ないのでしょう。

 それでもユウマ君は小さい頃から私が見てきた子供なのですから守らなくてはいけません。

 ハネルト大司教様には、ユウマ君には一切の罪が無いことを説明しなければ。


「ハネルト大司教様、お待たせしました」


「挨拶はいい。ユウマ殿はどうしておる?」

 ハネルト大司教様が形式に拘らない事に、私は驚いた。

 司祭見習いの最中であってもハネルト大司教様は形式に拘る人物であったのに。


「おそらくは、自宅に戻っているものかと……」


「馬鹿者が!ウカルお前は何を見ていたのだ。ユウマ殿は本物の聖者殿だ、作られた建物に込められていた力に気がつかなかったのか?」

 聖者?それは世界に危機が迫ったときに現れる神々の代弁者であると同時に……。


「すぐにユウマ君を……」


「不覚であった、あまりにも強い力に当てられてしまい気絶してしまうなど。ユウマ殿は、私が倒れた姿を見ていたはず。

もう、この村には恐らく居るまい。……伝承によると聖者たる者は、我々とは異なる知識と強大な力を持つと言われておる。

己の罪を自覚すると自らを犠牲にして他者を守る傾向にあるようだ。


まさかとは思っていたが……このハネルト一生の不覚……」

 ユウマ君が聖者?それならユウマ君は……。


「ハネルト大司教様、念のためにユウマ君の家に行ってきます」

 私は、ハネルト大司教様が頷かれるのを見てから教会を出て気がつく。

 空には暗雲が立ち込め始めていた。

 それはまるで、魔物が押し寄せてきていた20年前を思い起こさせるようであった。



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