2-8 血塗れの初勝利

蓮丈院 AP2250 VS セイラ AP450




 相互終宣。


 蓮丈院遊月の体とデッキを借りての初陣は、苦戦の末に決した。


 だが、試合は終わっても振りかぶった拳の余力は尽きることなく、俺の豪腕がセイラを文字通り殴り飛ばした。


 まるで対向車に思いっきり跳ねられた事故衝突の様に、殴られた弾みで浮いたセイラは押されるベクトルの方向へと打ち飛ばされた。



「「――遊月!」」



 さらにタイミングが悪いことに、母親とマーサがキャットウォークから急いで降りてきては復帰した感動に動かされるまま俺の元へ向かう。


 その直線上には、無惨にも殴り飛ばされたセイラが直進していることに気づかず。



「「――え?」」



 気づいた時にはもう遅く、案の定迎えにきた母親とマーサがセイラと正面衝突してしまった。



「「――あぁあああああ!?」」



 まるで滑るボーリングの玉とピンのような愉快な構図だが、それが人体同士のためにもはや大惨事であった。


 俺の拳、服、そして床中に散らばるチョコと衣装の欠片、ついでにセイラの顔面からしらけ始めた煙が立ち上る。


 まるで鎮火した小火騒ぎの後のように。


 スタンバイの宣言と対戦相手の再起不能によってゲームの終了をCOMPが自動で感知したのか、セイラ共々練習場の壁にたたきつけられた母親達が気を失っている頃には、拳に灯っていた炎やそれまで服装は全て試合前の制服に戻っていた。



 荒がる息を整えつつ、最後に大きく息を吸って胸を張る。


 改めてあたりを見回すも、青い髪の少女の姿は無かった。


 いったい、あの娘は何物なのだろう。


 彼女を視界にとらえた途端、頭の中で何かが爆ぜるような頭痛に苛まされた後で、ほんの少しだけ記憶が蘇った。


 ただし、思い出したのは蓮丈院遊月のエースカードと言われた〈エヴォルスワンワンピ〉の使い方だけだが。


 結局のところ、この世界が異世界であることは理解できたのだが、それ以上は俺の中で未だに謎のままだ。


 でも分かったことが一つだけある。


 俺は記憶を失ったんじゃない。


 何者かによって封印されているらしい。


 その鍵を持っているのが、さっきまで横やりを入れてきた青い髪の女だ。


 絶対に何かを知っている。


 別世界の住人の魂である俺を、この世界に誘った訳も。


 元の世界に帰る方法も。


 ようやく栓がされた鼻血を、親指で豪快に拭う。


 この手の展開にありがちなルート分岐として、人生踏襲とか乗っ取りした上での平穏生活への路線変更なんて望んでいる場合じゃない。


 もし、この体を「蓮丈院遊月」に返して、さらに自分も元の世界に帰れる手段があるとするなら、まずはこんな可笑しい世界で生きる覚悟を決めなければならない。


 俺は今一度、蓮丈院遊月が持ち主であるカードの束を見る。


 一枚一枚は、イラストと文字が書かれただけの薄っぺらな紙。


 だが、この世界にとっては、カードは武器であり、戦うための魔法、相手に優位を見せつける象徴となってくれる。


 蓮丈院遊月としてではなく、俺という部外者にとって唯一信頼できるのは、苦しくともこのカード達だけだ。


 約束しよう。


 おまえ達はちゃんと元の持ち主の元に返す。


 それまでは、俺に力を貸してくれ。


 備品らしい借り物のCOMPから40枚全てを引き抜きながら、俺は蓮丈院遊月の魂でもあるデッキに誓いながら腰のケースに収めた。


 勇ましき魔剣は、鞘の中で眠る。


 デッキをしまうケースに縫いつけられたスナップのパチンという弾け音が、静寂している練習場の中で鋭く響きわたった。

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