2-7 〈エヴォルスワンワンピ〉
蓮丈院AP2100 VS セイラAP2850
ラストターン。
状況は俺が依然不利。
数値的にも、手札もゼロだし、おまけに盤上から見てもだ。
だが、そんな劣性に追いこんだにも拘わらず、セイラが最強の板チョコを武器として使わず、盾として守りの体制に入っていた。
その気になれば、効果によって守られていない靴を除去することだってできたはずなのに。
「板チョコを残したってことは、貴様自身もこのコスチュームを警戒しているってことだな」
わざわざ口に出したその読みが図星だったのか、狼狽が見えたセイラは最後の板チョコをいつでも構えられるように肩に担ぐ。
可愛いお菓子のお姫様というか、もはや竜殺しの大剣を担いでいるような出で立ちと、その表情からのぞく瞳からは、まだ目の前の蓮丈院の実力への疑惑が残っているが。
窮地に追い込まれたネズミへ送られた、最後の一枚。下手をすれば絶望になるかもしれない黒箱となったデッキトップに、俺は迷うことなく指を添える。
「――その一枚で何ができるの?」
背後から新たに沸いた人気が背筋をなぞる。
声に反応して首だけ振り向くとすると、さっきまで母親達と並んでキャットウォークにいたはずの青髪の乙女が再び俺の側に戻っていた。
「スタンバイが宣言された以上、もうアクシデントを伏せても意味がない。今から除去できるミュージックを引いたとしても相手の効果で守られる。何よりもあなたの場は全てコスチュームを着終えて新しい衣装が出せない。それでどうやって勝ちに行く気?」
無表情で無抑揚、声帯と人工知能だけをもった機械人形の様に話しかける少女。
感情のない煽りにも聞こえるが……。
「ふん。俺を侮るなよ! ドロー!」
デッキから引いた最後の一枚を見る。
僥倖、この勝負に勝てる希望の一片が来てくれた。
ここが本当にアニメの世界なら、好都合主義による幸運が俺にも巡ってきている。
「プレイヤーが全部のカテゴリーを着きった後でなお、手札にコスチュームがある場合、そのコスチュームの力を場の衣装に与えることができる手段がある!」
希望として託した一枚の絵柄は、もちろんコスチュームカードだ。
「俺は手札の〈クラックハートヘアアクセ〉をワンピースのマテリアルとしてコーデ!」
COMPの虹色板の上に、すでにおかれたワンピースの下に最後の一枚を重ねおいた時、俺のコメカミに罅の入ったハートの髪飾りが飾られた。
APはたったの150。
髪飾りごときの数値では流石に届かないが、ただのヘアアクセで留まるような能の無いカードを入れる蓮丈院遊月ではないはずだ。
「ここからが――本当の俺のターンだ!」
着者である俺の闘志に呼応して、〈エヴォルスワンワンピ〉の一部がラメを帯びたように赤く輝き出し、各部位の布同士の隙間から熱い白煙を噴射させた。
地表を強く蹴り、今度は俺がセイラの隠れる板チョコの壁へと肉薄する。
空になった右手には、コメカミからむしり取ったヘアアクセを手の中で握りつぶすくらい握りしめながら。
「〈エヴォルスワンワンピ〉の特殊効果! このコスチュームにマテリアルとしてコーデされたアクセサリーカードをランドリーに送ることで、相手ステージ上のコスチュームをランドリーにぶち込ませる!」
狙いはもちろん、セイラの〈ソリッドレートワンピ〉。
手の中で圧迫されたハートの髪飾りを熱源に、俺の拳に橙色の炎がまとわりつく。
今までの仕打ちを全て返すつもりで思いっきり腕を引き絞り、炎の拳が相手の鼻先まで迫りかける。
「ソ、〈ソリッドレートワンピ〉の効果発動!」
殴られるよりも早く動いたセイラが、最後の板チョコを防壁として俺たちの間を遮る。
一転して茶色い壁面いっぱいにあるが、見ての通り勢いがついた拳は急に止まれず、火のついた拳は相手の服ではなく庇った板チョコを先に砕いた。
熱で溶けるよりも先に一口サイズに砕かれた壁チョコの向こうで、憮然と構えていたセイラと改めて対峙する。
見開いた瞳同士の視線が合ったとき、セイラが跳ねながら後退する。
その頬に伝う汗は、ワンピの放出した熱気に当てられたか、それとも危機を感じた故の冷や汗か。
「〈ブラッデルセン エヴォルスワンワンピ〉。それは遊月さんがご愛用なさったエースカード。思い出しかけたわずかな記憶を頼りに、切り札を正しく使用されて攻めてくる姿勢は、確かに元の遊月さんに戻ろうとしているのがわかります。でも、それだけじゃあ――」
間一髪のところまで押されたが依然自分が有利だと辛勝を確信した表情を見せようとしていた。 そう、それだけで終わりじゃない。
「〈クラックハートヘアアクセ〉のコスチューム効果!」
蓮丈院遊月の声で、この宣言が練習場に響きわたった時、セイラははっと目を丸くした。
セイラだけではない、ずっと傍観していたマーサや母親も、遠距離から見ても分かるくらい同じ顔をしている。
「このカードがランドリーに送られた時、〈ハートピーストークン〉2枚を、アクセサリーとして追加でマテリアルコーデする!」
砕けた情熱のハートはいくつだ。
袂を分かった二人はどこへ行くのだろう。
「新たにアクセサリーが追加されたことで、一つを糧にもう一度〈エヴォルスワンワンピ〉の効果を発動する!」
そんなアクセサリーに込められたであろう、そんな臭い詩をかすませるほど、力んだ俺の両拳に新たな炎が灯った。
「こ、この戦略は……!?」
「遊月の……あの子の得意技!?」
「ゆ、遊月さん、もしかして記憶が!」
誰もが蓮丈院遊月の復活を確信した瞬間。
思わぬ希望に全員の顔に光が射し込んでいる最中、効果を発動させた俺はかまわずセイラへと迫る。それに併せて、セイラも嬉し涙をめいっぱい浮かべてかけだした。
「遊月さああああああん!」
鷹揚とした翼の如く両腕をいっぱいに広げて抱きつこうと迫るセイラ。
だが、俺はそんな健気なセイラの笑顔のど真ん中に、懇親を込めて引き絞った灼熱の拳をたたき込んだ。
「――ぶッ!」
表情が見えなくなるほどセイラの顔面に拳がめり込み、逆のベクトルに押されたセイラの体が浮く。それに併せて<ソリッドレートワンピ>も粉々に破壊された。
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