2-6 血染めのワンピース

 だが、無惨にも砕けたのは、蓮丈院遊月のか細い腕ではなく、受け止められた板チョコの方だった。



「――!?」



 仮想の布地で作られた〈エヴォルスワンワンピ〉が俺の血を吸って小さな赤染みをなしたとき、まるでその味に喜ぶかの様に赤い染みを広げ、やがて血の染みは文字通り色のないワンピースの全体に広がってゆく。


 しかし、赤い血一色になるのではなく、元々持っていたのだろう、赤だけではなく黄色やだいだい色など、灼熱の炎を模した熱い色へと染まりつつあった。



「あれは――遊月のコスチュームが……ッ!」


「目覚めたんだ。【飾血】したんだ!」



 開幕時に出したカードが効果を発動できなかったのには理由があった。


 あのときあきれていたマーサが言っていた条件。


 それは、このコスチュームを際だたせる色を蘇らせること。


 プレイヤーの血という染料によって。



「アクシデントカード〈ブラッドセキュレーション〉は、手札かステージ上のコスチュームカード一枚を捨てることで、ステージ上の色のないコスチュームに色を与え、このターン相手によってランドリーに送られない」



【飾血】



 蘇った暖色が連想させるとおり、コスチュームから沸き上がる熱気が陽炎を起こさせ、俺の足下に散らばる板チョコの破片を液状にとかしてゆく。


 熱風を浴びながらも冷や汗を頬に伝わらせたセイラが、手の中で使い物にならなくなったチョコの残骸を投げ捨て、背を向けたまま三歩ほどはねて俺と距離をとった。



「わたしは最後に、ミュージックカード〈ミナマタフェズティ〉を発動させます」



 もはや警戒の末に逃げ出したウサギの如く、セイラは最後の板チョコの陰に隠れながら、一枚のカードを読み込ませた。



「このカードは、自分の手札にある〈スイーツリパブリック〉ブランドのコスチュームをランドリーに送ることで、そのコスチュームが持つAPの半分だけ、〈ソリッドレートワンピ〉のAPをあげます。わたしはAP1200ポイントの〈スクルダークワンピ〉をランドリーに送り、その半分の600ポイントを〈ソリッドレートワンピ〉に加えます」



 最後の一枚だったコスチュームカードがランドリーに送られると、セイラの背後に透明になったそのコスチュームが出現した。


 透けているその衣装は、降霊された幽霊の如くセイラのきているワンピースと重なってゆく。



「これでわたしはスタンバイします」



 スタンバイ。


 それを宣言したということは、セイラにはもはや自分の番が必要なくなったということ。


 そして、同時に俺に残された余裕も、今到来したこのターンのみ。

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