2-5 水飴は「うまく」ても、冗談までは「うまく」なかった真実

蓮丈院 AP1600 VS セイラ AP2550



「わたしのターン!」



 結局、前のターン同様に最強の板チョコを3枚も侍らせながら、セイラのターンが巡る。



「〈ソリッドレートワンピ〉のコスチューム効果! 板チョコを使うことで相手のコスチューム1着をランドリーに送る! 狙いは、〈オスシワンピ〉!」



 もはや板チョコを剣の如く握りしめては、狙いを定めた寿司臭い衣装というか俺を仇の魔物みたいに殺しにかかる。



「させるか! リバースカードオープン! 〈洗い立て投入〉!」



 今こそ伏せていたカードの出番だ。セイラがくる前にCOMPのスイッチを押して、伏せていたカードを起きあがらせる。



「このカードは、自分のランドリーにおかれたコスチューム1着をステージ上に復活させる!」


「通常の復活カードで、どうやって迎え撃つんだ?」



 怪訝そうな顔でプレイングに疑問を抱くマーサが疑問を抱く。


 それでも俺はかまわずに、ランドリーから1枚のカードを手札に戻す。



「俺が呼び戻すのは、こいつだ! 〈ベリベリシューズ〉!」



 瞬時にローファーから変化させた姿は、名前の通り血よりも濃い赤色のベリーが、ビーズ細工の用に敷き詰められたフルーティーな靴。



「そうか、そのカードさえあれば!」


「でも、いつの間にあのシューズを・・」


「タイミングはあった。あの〈オスシワンピ〉の効果を発動させたときだ」



 マーサや母親にも、このシューズの性能について察しはついたようで。


 一度でもランドリーという捨て場に送りさえすれば、下手な条件を持って手札を腐らせるカードよりも簡単に呼び出せるし、手札にくることを願う必要もない。


 なによりも、こんなカード一枚で相手のターン中にでも呼び出せる奇襲だって可能だ。


 いくらこのゲームでは初心者だからって、ほかのカードゲームで培った知識や経験が生かされないわけがない。



「そして〈ベリベリシューズ〉がステージにでている限り、相手はこの靴だけに効果の狙いを定めなければならない」



 ステージへの帰還を果たしたのと同時に、真っ赤でツブツブのシューズが、よりいっそう赤いオーラをまとって効果を発動させる。


 靴から沸き上がるオーラは、念動でも送っているのか、迫り来るセイラにも同じ色の念を与えて動きを封じる。



「それだけじゃない。その効果の発動元がコスチュームからの場合、手札の一枚をコストに、効果を無効にして逆に相手のコスチュームを破壊する!」



 これで相手の板チョコによる物理攻撃は完封できた。


 いくら板チョコの枚数があろうが、切れてしまえばただの耐性のないふつうのコスチュームとなる。



「こっちはお前から貰った季節はずれのバレンタインチョコの食い過ぎで鼻血まででたんだ。これ以上は遠慮させてもらうぞ」


「遊月さんは――そんなおもしろくない冗談はいいません!」



 何かに切れたのか開眼するセイラの一言に、俺はかなりショックを受けた。


 一方で金縛りにでもあったかのように、板チョコから手を離したセイラが、ぎこちない動きのままCOMPに指を伸ばした。



「返しのアクシデント〈フェスティーコーティング〉!」



 支えを失って倒れる板チョコと入れ替わるように、出番まで寝かせていたカードが起きあがる。



「このカードは、手札の【スイーツリパブリック】ブランドのコスチュームを一枚捨てることで、相手コスチュームの効果を無効にします」


「なんだと!」


 ちらりと指に挟まれたコスチュームカードを一瞬だけ見せつけられると、セイラはそれを即座にランドリーへ流し込む。


 それを材料に、アクシデントカードの表面から、透明だが粘度の高い液体の固まりが宙に浮きながら練り上げられる。


 スライム、いやどちらかというと水飴だ。


 お菓子のブランドを糧にした糖分の固まりは、十分に練りあがったのか、きれいな直線を描いて触手を俺の靴へ向けてのばしてゆく。


 瑞々しい果実の詰まった靴の上に、透明の液体が何度もかけられ、でたらめな網目状になるまで靴そのものをコーティングする。


 水飴をかけられたことで、シューズから放っていた生々しい色のオーラが消え失せてゆく。


「それでは改めて、〈ソリッドレートワンピ〉の効果を発動させます」



 よいしょ、といいながら地べたに寝ている板チョコを手作業で起こした後で、セイラがチョコという鈍器を携えて俺に近寄ってくる。



「くそぅ、こうなったら自棄だ! アクシデント発生! ブラッドセキュ――」


 蠅たたきに潰される害虫の気持ちが理解できる前に、COMPを構えてカードを起きあがらせようとした時だ。


 指をおろしかけるその腕に、まぶしいほど白い肌を持った少女の手が止めるように俺の手首をつかんだ。


 突然の感触と、あまりの冷たさに俺は仰天して固まった。



「だ、誰だ!」



 ふりほどいて手の主がいるだろう方向に向き帰るも、そこには本当に誰もいなかった。


 今のは何だ? 幻覚か?


 突然すぎる介入に混乱した俺が、自分の周りを探ったとき、マーサや母親がいる正面のキャットウォークから、新たな視線を感じた。


 いつのまにか、キャットウォークから見下ろす観客が一人増えていた。


ここは今貸し切りになっているはずなのに、見覚えのないそいつは我がもの顔で俺を見つめていた。


 肩まで伸びた青い髪。邪念どころか純粋すら感じない無心故に澄み切った宝石のような青い瞳。


 血の通っているのかさえ怪しいほど白い肌。


 これ以上顔を動かすことが許されないほど整った面は、一瞬どこのショーケースから抜け出してきたのかと思うほど人形の用に整いすぎていた。


 手首を掴んで俺を止めた犯人は、その少女で間違いない。


 色々と巡る疑問を全てすっとばして俺が青い少女を見つめていた。


 カラットがバカみたいにデカいサファイアの塊みたいな瞳と視線が一直線であったその時、目と目があった瞬間が起爆スイッチになったかのようなタイミングで、俺の頭の中で何かが破裂した。


 その比喩とも言い難いリアルな感覚の直後、激しい頭痛が起こった。


 その隙をついたセイラが、抱えるほど悶絶する俺にかまわず、またもやきれいなフルスイングで巨大な茶色い板を俺の体めがけて振り回す。


 今度は平面ではなく狭い側面を使って、見事に鳩尾へとたたき込まれる。


 クリーンヒットした衝撃で頭痛は晴れたが、逆に一瞬だけ呼吸困難になる。


 あんな抱きしめたら壊れそうな体のどこにそんな力があったのか、セイラの有り余るフルスイングによって、俺は思いっきり吹き飛ばされた。


 放物線を描くすら許されず、背後の煉瓦壁へと一直線。煉瓦を粉砕するほどの力にはねとばされた俺の背中は、ボロボロに崩壊した壁に受け止められる羽目に。



「――ん?」



 パラパラと細かい破片を降らせながら立ち上っていた土煙が晴れた先に、セイラは容赦なく殴り飛ばした遊月の有様を見る。



「〈オスシワンピ〉の最後の効果を発動させたのですね」



〈ソリッドレートワンピ〉の効果で確かに〈オスシワンピ〉はランドリーに送られた。


 だが、遊月の服には別の衣装が着せられていた。



〈ブラッデルセン エヴォルスワンワンピ〉



「〈オスシワンピ〉は、ランドリーに送られたとき、ランドリーにおかれた効果を持たないノーマルコスチュームを復活させる。でも、その様子だとご自分で意図して選ばれたというよりも、とっさに選んだものかと」



 カテゴリーは同じくワンピースだが、その色合いは先ほどの海鮮まみれのウケをねらったあのコスチュームの方がマシだと思えるほどくすんだ灰色に染まった、あまり強い魅力を感じない質素な衣装だった。


 セイラが冷たく指摘するとおり、今のこのコスチュームには、効果という魔法を持っていない普通の衣装でしかない。


 だが、このコスチュームを選んだのは弾みではない。


 頭痛の恩恵なのか、降ってきたように記憶の中に沸き上がった情報が、俺にこのコスチュームを選ばせたのだ。


 咽せるほど沸き上がる土煙と、バラバラと髪に絡みつく瓦礫の破片を雨粒のように浴びながら、俺はフラフラと元の場所へと戻った。


 蓮丈院遊月になる前ではこんな怪我を追うことはまずなかったが、洒落にならない物理攻撃を体から真っ向にうけたせいで壁との衝突で頭皮に傷が入ったのか、今度は額を伝って真っ赤な血が汗の如く流れる。


 本来なら慌てふためくところだが、俺もすっかりこの不条理な感性に感化されたのか、さして驚くまでもなかった。


 流れる頭血のせいで真っ赤に染めあがった面のまま、俺はセイラに確実な敵意を持って鋭くにらみつける。



「……っ!」



 劣性になるまで追いつめたはずなのに、余裕もなくなるほどセイラの顔が青ざめた。


 よっぽど俺の視線が怖いのか、それとも慕っていた遊月の顔色を伺っていたのか。


 セイラの動きにためらいが見え始めていた。



「わ、わたしは〈ソリッドレートワンピ〉の効果をもう一度発動させます!」


 高らかに追撃を宣言したものの、他人の目に見えるほど震えた手を差しのばして二枚目の板チョコをつかみ取る。


 わずか一歩の踏み込みで、鼻先同士がつくほど目前にまで迫るセイラの小顔。


 それよりも早く、俺は手札一枚をランドリーに捨てる。


 早うちするガンマンの如く。


 平面から風を受けているのに空を切る茶色い壁が迫る直前に、我が身をかばうように俺は片腕を立てる。


 垂直にあげた左腕と板チョコが衝突する。


 吹き荒れる突風によって荒ぶる髪に混じって、顎まで伝っていた血が一滴、灰色のドレスの上に落ち、小さくて赤い玉が布地の中に吸い込まれる。


 粉砕する鈍い音が練習場に響く。

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