2-4 母さん…僕は今、寿司を着ています
蓮丈院 AP300 VS セイラ AP1950
「どうだ、遊月。今のショックで何か思い出せたか?」
「ぐっ、くぅ・・」
やっとの思いで顔を抜いた跡の地表で型抜きが出来そうな目に遭っているのに、傍観しているセイラはまるでそれが日常茶飯事の光景なのか、恐ろしいほど涼しげに調子を訪ねる。
どころじゃない。
板チョコで女の子に二度もぶたれたショックの方がでかい。
おかきにもぶたれたことがないのに。
ツンとくるほど鼻を強打した時点でいやな予感がしてたが、右の穴から生暖かい液体がドロリと流れた。
足下を一別すると、案の定滴下した血の滴が徐々に数を増していた。
「許して、遊月。あなたを元に戻すためには、こんな荒療治しかないのよ」
仮に記憶戻ってもほかの健康だった部位が喪失しそうなんですけどね。
憎まれ口をたたきたくても、しょっぱくなった口のせいでやたらに開口する気になれなかった。
「俺の……ターン!」
これはもはや、こういう戦いだと割り切るしかない。
もはや生まれたての子鹿というよりも、15ラウンドも耐え抜いたスタローンみたいに、おぼつかない足取りで俺はなんとか立ち上がる。
豪快に鼻血を拭ったせいでドス黒くなった手の甲のまま、俺はカードを引く。
(よし、こいつなら!)
頭にこぶでもできたのか、口をほころばせかけると鈍い痛みが頭頂部に走った。
そのくらい、この窮地にふさわしい良いカードを引いた。
「まずは立て直した。俺は〈ヤマトカミカゼ オスシワンピ〉をコーデする!」
相手が一枚で二着分の衣装となるワンピを出していたが、こちらの手札にも無いわけではない。
対抗するために俺が出したのはAP1000のワンピース。
切り身やエビなどの暖色が鮮やかな海鮮食品を模した装飾で施された、寿司というよりも海鮮丼を服にしたような衣装だった。
「なんだ、この衣装は?」
実体化されて改めて着てみると、本物の海鮮食品で出来たわけでもないのに、一気に酢飯と生魚とワサビと緑茶と醤油とショウガの混ざった回転寿司屋独特の臭いがしてくる。
視覚情報からの連想感覚とは恐ろしい。
ただ、見た目に反してこいつの効果も侮れないはずだ。
「〈オスシワンピ〉のコスチューム効果! 自分のデッキの上から三枚までランドリーに送ることで、このコスチュームのAPを一枚につき100ポイントアップさせる。俺はいっきに三枚の寿司を補給させる!」
三枚捨てれば合計300ポイントの上昇。
それに加えて、スカートが残してくれた300も併せて今の俺のAPは1600ポイント。
それでも、まだセイラには届かない。
「今度はこっちが脱がせる番だ! ミュージックカード発動! 〈舞曲:クルミ割り人形〉!」
だいぶ誤解を招く反撃台詞をはきながら、新たにドローしたカードをプレートにたたきつける。
「このカードは、ステージ上でレアリティが高いコスチュームを問答無用でランドリーに送る! 貴様のステージ上で、一番レアリティが高いのは――最大級GRの<ソリッドレートワンピ〉だ!」
実体化したカードが表を向いたのと同時に、イラストに描かれたクルミ割り人形が飛び出す。
小綺麗だがなおさら不気味な等身大のクルミ割り人形が、アイドリングした車のごとくカタカタと顎を動かす。
ギョロギョロと動かし続ける目が、対戦相手という獲物に焦点を絞った途端に、超速度でセイラへと突進する。
「〈ソリッドレートワンピ〉のもう一つのコスチューム効果を発動!」
どうみてもホラー映画の主役っぽいものが迫っているのに、セイラはなおも冷静にくるみ割り人形を見据え、最後の板チョコを握りしめる。
「相手がこのコスチュームをランドリーに送る効果を発動させたとき、板チョコを使ってその効果を無効にする!」
歯はないけどくるみ割り人形の牙が甘いチョコレート衣装に噛みつく寸前、セイラは最後の板チョコを片手で思いっきりスイングして迎え撃った。
当然、使った板チョコはセイラの手に収まるほど小さく砕けたが、クルミ割り人形の方も痛々しく空中で四散してゆく。
さっきから全然甘くないんだけど、この娘のコスチューム。
侮れない見た目と、ちょっと強すぎる効果を前に、俺は同情の意を表して消滅してゆくクルミ割り人形を見送った。
「さらにアクシデント発生! 〈チェイクジャー・トリート〉!」
呆然と消えてゆく仮想の人形を見つめる俺に追撃するように、セイラが足下に伏せていたカードを立ち上げて表を向けさせた。
危険を示す黄色と黒の縞模様のカードは、相手を妨害させるアクシデントカードだった。
「このカードは、自分のステージ上に〈スイーツリパブリック〉ブランドのコスチュームがある場合、デッキからカードを5枚めくり、さらに任意の順番に置き換えることができる」
「またデッキトップの操作か」
これで2度目となるデッキ操作だが、ずいぶんと頻度が高いな。
だが、それでも俺の繰り出した手をあらゆる手段で妨害してゆくのは侮れない。
ここは使えるかどうかよりも、とりあえず防御できる札を伏せておくしかない。
「俺はカードを1枚伏せてチェンジだ」
幸い、相手はやっかいで暴力的な板チョコはすでに使い切った。
APも巻き返せるほど減っている。
まだ逆転できるだろう。
そう踏んだが、甘かった。
「互いのターンの交代時、〈ソリッドレートワンピ〉に板チョコがすべてない場合、デッキの上から3枚のカードを板チョコとして補充させる」
「なんだと!?」
これじゃあ、どんなに浪費させても使い切った時に補充されなおしてしまう。
目に見えているのは、完全なる鼬ごっこだ。
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