1-3 〈マジカルwithアイドルズ〉

「ま、待ちなさい、遊月!」



 そんな俺を今度は母親が羽交い締めにする。



「お友達との絆は大事だけど、そんな過度なスキンシップはダメよ! あなたは覚えてないかもしれないけど、ちゃんとした婚約者がいるのよ!」


「婚約者?」



 何時の時代の流行語だ。


 現代社会の実生活ではまず口にすることがない強烈な単語が普通に吐き出され、俺は反応に困った。



「それって男? 女?」


「どうして大前提がそこからなんだよ」



 あきれるマーサの言葉から察するに、どうも遊月と異なる性別が相手のようだ。


 いや、薄々はわかってたんだけど。



「その婚約者ってジャン・クロード=ヴァンダムみたいな顔も肉体もアクションもすてきなナイスガイみたいなの? それだったら割とマジで抱かれていいんだけど」


「2006年時のザック・エフロンみたいな優男だ。ヴァネッサ・ハジェンスと歌い踊ってたときぐらいの」



 それを聞いて俺は思いっきり嫌な顔をした。


 どんな相手なのかだいたい予想がついたのと、あの映画があまり好きでなはなかったことが嫌悪感へ余計な拍車をかけている。



「そうだわ! 彼の顔を見れば何かおもいだすんじゃないかしら?」



 余計な閃きを得た遊月の母親が、娘から躯を話して自分のバッグを漁り始めた。



「お母さん。もう異性同士で結婚しあうなんて古くさい風習はやめましょうや。今や世間は自由に愛をはぐくむ権利が尊重されてる時代ですぜ」


「遊月……お前、記憶以外の何かも喪失してないか?」



 マーサの言葉はごもっともだが、魂はしっかり男の俺には、まず男性と正式におつきあいをしたいという趣味はない。


 そうか、このまま俺の躯が戻らなかったら、一生そいつと添い遂げないといけないのか。


 どうにも決定づけられてしまった未来に、俺はもう憂鬱になった。



「お母様、ご自身のスマホを見るよりも遊月さんのスマホを直接見せた方が早いですよ!」



 記憶を取り戻すヒントと聞くなり、セイラが俺の対して膨らんでない胸に飛びかかっては、制服の内ポケットに手を突っ込み、勝手に中身を漁り始める。



「お、おい、セイラ。いくら何でも・・」


「そうだぞ。俺はこう見えて敏感肌なんだ。もっと優しくまさぐれ」



 そんな要望を聞き分けることなく、セイラは「ありました!」ずいぶんと慣れた手つきで、素材に気合いの入ったカバーで守られた遊月のスマホを取り出す。


 そのとき内ポケットからセイラの手が抜けられた拍子に、何枚もの小さな堅い紙が、バラバラと俺の制服からこぼれ落ちた。



「なんだこれ?」



 セイラとマーサ、そして母親までもがすっかり他人のスマホに夢中になっている間に、俺は白いベッドの上で表裏バラバラにばらまかれた紙――カードのようなそれを一枚手に取った。


 いや、カードのようではない、本当にカードだ。


 模様しかない単調な絵柄の面は裏側だろう。


 反対の表側には、カードの半分を占めるほどやけに派手な装飾を施された衣装のイラストが描かれている。


 残りの半分には、ありがたいことにちゃんとした日本語で表記された説明書きっぽい文章と、数字が記されている。



【エヴォルスワンワンピ】



 それがこのカードの名前のようだ。



「これってゲーム用のカードか?」



 このほかにもいろいろ落ちているカードを一枚ずつ持ち上げながら言葉をかけると、それまで自分の手のひらよりも小さい画面に三人分の顔を寄せていたセイラ達が俺に向き直った。



「それにしても、こいつもずいぶんと見覚えがあるんだけど……なんだ?」


「<マジカルwithアイドルズ>です」


「<マジカルwithアイドルズ>?」



 やっぱり気のせいじゃない。


 この単語には、自分の名前すら覚えていない俺の不具合な頭の中でも確かに聞き覚えがある。



「まさか、縮めてマジアイとかいうんじゃないだろうな?」



 あてずっぽうながら微かに覚えている情報を確かめるように口にすると、三人は目を丸くして互いに向き合った。



「遊月、もしかしてマジアイのことは覚えているのか?」


「名前だけな。テレビでやってたのは確かに記憶にある。だが、ルールは知らん。蓮丈院遊月――俺はこのカードゲームが趣味なのか?」



 遊月の身内にとって、確実に覚えている一縷の希望だったようだが、肝心なところまで記憶にないと返されて目を伏せてしまった。



「遊月さんと……いいえ、私たちスタァにとって、それはただの趣味なんかじゃないんです」


「どういうことだ?」


「<マジカルwithアイドルズ>は、今やゲームの枠を越えたアイドル達の名声を左右する決闘の武器として世間に認知されているツール」


「カードによるライブ対決の勝敗が、オーディションの合否、新曲の獲得、ステージの確保、イベント開催の主催、テレビへの出演、CDデビューといった、アイドルになりたい人ならあこがれる出来事の数々を勝ち取れる。それまで志望者を厳選していた事務所の関係者などが汗水垂らして得ていたお仕事を、アイドル自身が自らの手で獲得できるようになりました。もはや、マジアイの強弱が、アイドル個人の名声そのものなのです」



 セイラとマーサが神妙な面もちで語る中、ふと二人の愛用していたカードの束が入っているだろう腰に備え付けられた箱型のホルダーが、目立つように俺の目に留まった。


 はじめは冗談かと思った。


 まさか、この耳でカードゲームの勝敗がすべてを決めているなんて設定を聞かされるとは。


 俺自身、そういうアニメは笑いと涙を含んで見ていた奴だった。


 しかし、あれはどっちかというと男児向け。


 しかもカードゲームを通して単純な説得や説教ならともかく、実際に人が死んだり、洗脳を説いたり、はたまた世界の命運をかけたりするなどスケールが飛び抜けているものばかり。


 もちろん、こっちの世界感にも、つっこみどころが無いわけではない。


 だが、こっちの方が幾分リアルなように聞こえる。


 ただ、女の子の憧れたるアイドルが、自ら仕事を取り合うなんて、メルヘンな手法とは裏腹に、ずいぶんとシビアだ。



「ふぅん……」



 改めてひらりと手の中のカードを見る。


 本当に下手をすれば中古書店の隅で一枚三〇円にもなりかねない玩具の紙が、アイドル活動の根幹になるのかと思うと、疑いの嘲笑が沸いた。



「遊月さん、本当に覚えてないんですか?」


「遊月は、そのカード達を使って、【ユーバメンシュ】のトップに上り詰めることが出来たんだぜ!」



 悲壮がこもった面もちで訴えかけるセイラとマーサの切実に呼びかける。


 その真剣な一声は、他人の魂である俺には一切響かないが、代わりにとびきりの驚愕を与えた。



「こいつ――俺はそこまでやり手だったの?」

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