第二章 〈マジカルwithアイドルズ〉
2-1 アイドル養成所【ユーバメンシュ】
確実に期待を抱いて、俺は蓮丈院遊月の躯で眠った。
はじめは絶対に夢だろう。
『俺』に関して何も覚えていない説明もつく。
次に目覚めたときには、もう蓮丈院遊月ではなく元の俺に戻っているだろう。
そう思って、俺は病院のベッドに就いた。
ところが目が覚めると、同じ病院の屋根が見下ろしていた。
便所に備わった洗面台の鏡を見ても、やっぱり肉体は蓮丈院遊月のまま。
おまけに俺に関する記憶はまだ思い出せていなかった。
寝起きなのも含めて絶望のあまりフラフラ歩いていると、ベッドの足に小指をぶつけた。
かなり痛かった。
ついでに夢じゃない証拠になった。
うずくまって悶絶している俺だが、実際は別のことで苦しんでいた。
ただ、同じことで苦しんでいるのは俺だけじゃない。
どこにいったのか本物の蓮丈院遊月の魂が見つからない以上は、肉親や竹馬の友でさえも、自分たちのことを思い出せていない大切な人の存在に苦しんでいた。
蓮丈院遊月になって二日目。
今日は、そんな症状を強引に治そうとする荒療治を行う日だった。
先日の一件から、大量に押し込められた情報の中で、唯一俺の記憶に引っかかっていたのがカードゲーム<マジカルwithアイドルズ>に関することだけ。
わずか一ピースの情報でも、そこから芋蔓式に過去の記憶がくみ取れるかもしれない。
そんな期待を込めて、俺は百恵セイラと実際にマジアイをする事になった。
端から見れば「カードゲームで何でも解決しようとする」かなり強引な構図にしか見えないのだが、俺自身もマジアイという言葉しか思い当たる物がないので、どちらにしてもカードゲームで遊んでやることしか行動の選択肢がない。
病院から許可をもらって連れて行かれたのは、アイドル養成所の【ユーバメンシュ】。
俺の躯の主である蓮丈院遊月がトップとして君臨しているアイドル養成所だった。
はじめは雑居ビルめいた場所を想像していたのだが、母親の運転する車から見えた車窓をのぞいた途端、俺は唖然とした。
やけに装飾に凝った黒光りの格子門がそびえ、その向こうに見える煉瓦詰みの建物が待ちかまえている。
どうみても偏差値高めの私立学校にしかみえない。
あんまりにも場違い感が否めなくて、格式の高さにたじろぐ俺を、強引に手を引かれて連れて行かれたのは、街路樹が立ち並ぶ一本道の先にそびえる本舎ではなく、そのすぐ隣にもうけられた講堂だった。
早すぎるのか他の生徒がきていない。
いるのは俺とセイラ、そしてキャットウォークで参観している母親とマーサの四人。
ほぼ貸し切り状態。
そのためか、水銀灯のぶら下がったほの暗いこの講堂が、異様に広く感じた。
俺の記憶が正しいなら、アイドルのレッスンやステージの段取りを組む場所は大概艶の出た木の床が定番。
だが、今の俺が踏みしめているのは砂利の混じった荒いコンクリの石床。
思わず靴の裏でするとザリザリと音を鳴らして土煙が舞い上がる。
「遊月さん! ルールは大丈夫ですか?」
「もう一度、確認させてくれ」
<マジカルwithアイドルズ>のルール
勝利条件
①アピールポイントの合計が高い方が勝ち。
②アピールポイントの合計が3000を越えたら負けとなる。
ゲームの流れ
①デッキと呼ばれる40枚で構成されたカードを互いにシャッフルし、その一番上から五枚のカードを引いて手札にする。
②「アイドルオンステージ」のかけ声とともにスタートし、自分の番になったら、デッキから一番上のカードを手札に加える。
③手札に使用できるカードがあるなら、ステージに出すことで使用できる。
④まだ自分の番が必要なら、チェンジと宣言し、相手に順番を譲る。順番が変わった相手プレイヤーは②から④の順でゲームをすすめる。
⑤これ以上自分の出番が必要ない場合、チェンジではなくスタンバイを宣言する。このとき、どちらかがスタンバイを宣言した場合は、相手も必ずスタンバイを宣言してゲームを終わらせなければならない。
各カードの役割とルール
①プレイヤーのアピールポイントを上げるコスチュームカードは、自分の出番の最中に手札から一枚しか出すことが出来ない。これをコーデと呼ぶ。(ただし、効果によって特別に追加でコーデ出来る場合は例外)
ステージ上には、トップス・ボトムス・シューズの三種類しか場に出すことが出来ない。
また、コーデを行う代わりに、すでに場にでているコスチュームと同じ種類のカードを下に重ねることでアピールポイントを加えることができる。これをマテリアルコーデと呼ぶ。
②強力なサポート効果を持ったミュージックカードは、自分の番ならいつでも手札から使うことが出来る。ただし、使用したカードはランドリーと呼ばれる捨て札置きに置かなければならない。
(相手によって脱がされたコスチュームも、同じランドリーに送られる)
③強烈な妨害効果を持つアクシデントカードは、一度裏向きに伏せて準備しなければ使用できない。ただし伏せた自分のターンの後なら、相手のターン中でも使うことが出来る。使用したアクシデントカードも、ランドリーに送られる。
車の中で一度説明を受けたのだが、こんな俺が理解できるようなルールで助かった。
この世界にも流通しているのか不明だが、このゲームとどことなくルールが似ているカードゲームをたしなんでいたおかげで、苦もなくなじめそうだ。
「遊月!」
キャットウォークから観戦していたマーサが、ある物を俺に投げてよこした。
「よっと! なんだこれは?」
とっさに受け取ったそれは、マイク型の装置。
声を入れる部分がない代わりに、明らかに直方体の何かをセットさせるが為にもうけられた挿入口。
まるで翼のレリーフが施された7の字型のフレームが柄の頭と末尾に接続されている。
一見は玩具なのだが、プラスチックではないより高度の高い素材による手触りの上に、豆電球という子供だましもない。
こいつは正真正銘の、なりきり玩具とは言わせない、女児アニメでは要となるアイテムと言う奴だ。
「それはマイク型の仮装投影機ーー通称COMPというアイテムだ」
「COMP?」
「デッキをマイク部に差し込むことで機動させると、内部のプリズムストリームが羽の部分から放出されてプレートになる。その上にカードをセットすることで、凝固されたプリズムストリームがデータを読み込んで、イラスト通りの映像を投影させてくれるんだ」
「なるほどな」
カラオケ屋で握った鉄製のマイクよりも軽い割には、俺の世界ではありえないテクノロジーがこのマイク型の玩具に搭載されているらしい。
百聞は一見にしかず。
ゲームで使用するカードの束――デッキをマイクに差し込むことで機動すると聞かされた俺は、さっそく蓮丈院遊月の愛用デッキをCOMPに差し込んだ。
差し込み口に綺麗に収まるデッキ。
それが鍵となってCOMPの継ぎ目から虹色の光がともり始めた。
柄の部分から伝わるモーター稼働のような微々たる振動。
まるで血液が流れ込まれた心臓の鼓動の如く、徐々に虹色の光が点滅しはじめ、頻度を増した頃にはマーサの言うとおり、フレームから厚みの薄い虹色の板が飛び出した。
「おお、こいつはすごいな!」
もう玩具で興奮するような精神年齢ではなかったはずなのだが、なりきり玩具という偽物ではなく本物が超技術によって稼働する様を見せられて、俺は童心にかえったかのように感動していた。
いや、むしろ実現しなかったカード専用の機械を手にしてカードゲームが出来るなんて、憧れにふれられる貴重な経験だった。
「遊月さん、準備はいいですか?」
すでにCOMPを同じ機動状態にしたセイラが、改めて俺と対峙する。
「おう! いつでもいいぞ!」
荒療治だと言うことをすっかり忘れて、俺は胸にワクワクをたぎらせて答えた。
向き合うセイラはあきれるどころか、どこか子供を見守るような優しい笑顔を浮かべてCOMPを構える。
「それではいきますよ」
「アイドル――」
「「オンステージ!!」」
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