0-3 ※注意 物騒なことしてますがアイドルの(略)
「調子に――」
ガクガクとおぼつかない膝を無理矢理動かして立ち上がり、俺は怒鳴りあげた。
「乗るんじゃねェ!」
こみ上げた怒りが出血をさらに加速させた時、流れる血液が俺の来ていた衣装にしみこみ始めた。
額から顎へと伝った一滴が、灰色の布地に落ちた途端、その血が五臓六腑に染み渡ったかと思うと、それまでこの世の終わりみたいな色をしていた衣装が、文字通り活気を取り戻したかのように、本来の色を帯び始めた。
モノクロからカラーに移り変わる瞬間。
俺の流した血を十分に吸った衣装は、それまでの醜い様態が嘘のように輝き始めた。
鮮血のような深紅。
暖色を超えた灼熱の色。
これが眠りから覚めた蓮丈院遊月の持つ衣装――【エヴォルスワンワンピ】。
モチーフとなった醜い羽毛を持った白鳥の子が美しい成鳥へとなるおとぎ話など消し炭にするくらい、色を取り戻した衣装が熱まで帯びて俺の回りで陽炎を揺らめかせる。
さっきまで追い詰めた敗者一歩手前の奴が、このまま炎でも吹かんばかりの佇まいになった途端に、ランコが一歩後ずさりをする。
そのおびえている心情を代弁するかのように、宙を踊っていたシクラメン達も、ランコを守るように互いに距離を詰めてゆく。
「俺はこのカードで、コスチュームを飾る!」
先ほどデッキから引いた一枚のカードを、俺は虹色のプレートにたたきつける。
着地と同時にプレートが読み込み、即座に俺の【エヴォルスワンワンピ】に新しい飾りをつける。
それは宝石のように何面もカットが施された、真っ赤なハートの飾り。
見てくれはガラス細工だが、実は単に赤い液体が入っているだけのアクセサリー。
俺は早速デコレートしたそのアクセサリーを毟りとり、用済みの紙のごとくそれを豪快に握りつぶした。
ガラスらしい破裂音を後で、固めた俺の手の隙間から、真っ赤な液体が流れる。
血のように見えるが、実は仮想映像。
本物じゃない。
その証拠に、手の隙間から滝のごとく垂直にあふれ流れた赤い液体は、地表に到達する寸前で停止し、やがて一本の細い剣として硬化してゆく。
「さっき、貴様はこう言ったな。次のターンで、俺を丸裸にすると」
獲物を手にし、俺は靴音を鋭く鳴らしてランコに詰め寄る。
予想に反した変り様に、すっかり威勢が縮まったランゴが、俺の歩調に合わせて後ずさりしてゆく。
そこから見える顔には、目に見えるくらい大粒を額にためた冷や汗と、調子に乗った自分を悔いるほどの絶望が表情となって浮かんでいた。
「貴様に次はない!」
言下に踏み込み、結晶となった剣を振るう。
一閃を振り切った時には、互いに背を向けるほど俺はランコのそばを横切った。
わずかな一間。
ランコの衣装がシクラメンのビットもとろも花吹雪となって霧散した。
後に残ったのは、衣装の下に隠されていた裸体のみ。
生まれたままの姿という、敗者にふさわしい醜態をさらしたまま、ランコは練習場の床に伏した。
「さすがは【ユーバメンシュ】トップ候補生の蓮丈院遊月さん! 挑戦者の猛攻に耐え忍びながらも、見事逆転勝利です! ピンチを演出しながらも、逆転は鮮やかに見応えのある戦略で! この一転攻勢劇に、ファンは一番に盛り上がります」
持ち上げている相手が、アイドル養成所の生徒であるにも関わらず血だるまになっているのに、赤眼鏡のリポーターは涼しい顔で実況する。
この映像の撮影に番組のスタッフ側もOKを出している時点で、本当にこの世界ではこの光景や有様が平常運転なのだろう。
そういう俺も、こんな目にあうのは初めてではない。
迷い込んでしまったとはいえ、すっかりこの世界の美意識に流されるがまま踊らされていくうちに、そんなことには慣れてしまったわけだ。
無いハンカチの代わりに手の甲で顔を拭いながら、俺は今になって呆然としていた。
これはまた偉いところに、迷い込んでしまったようだな。
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