移住体験1日目
上陸
俺は3月末で退職していた。そして、4月初旬である今日から島暮らしである。夜行バスに乗り6時間。そこから電車に揺られる事1時間。バスを乗り継ぎ、船着場にやってきた。
「おーい」
漁船のような船の前で手を振る60歳前半くらいに見える肌の浅黒い白髪のじいさんがいる。
「あんたが、
そう、俺の名だ。俺は頷き、キャリーケースを転がしながら、そのじいさんの前へと移動する。
「俺は
握手を求められてガッツリと交わす。何という握力なんだ。少し痛みを感じて顔を顰める。
船に乗るよう促されて、スーツケースを俺から取ると、それをヒョイっと担いだまま、足場の悪い船に乗っていく。
少し魚臭いが、漁船なので仕方がない。それよりも船に乗るだけでよろけてしまった俺に対して、このじいさんはどれだけいい体幹してるんだ。
デスクワーク詰めだった俺には筋力というものはない。少し村での生活に不安ができたが、吐き気と格闘する事3時間。島へとたどり着いた。
寿馬さんが俺の荷物を持って先行して船を降りる。そして、手を出して顔の青くなった俺を支えてくれながら下船した。
目の前に広がるのは、小さな船の乗合所らしき建物が一つと電柱と二車線にもなっていない舗装された道路。その後ろには山が見える。
「山内さん大丈夫かい?」
「ああ、はいなんとか」
「なら、いいんだ。ほれ、役場のめんこい娘が来てるぞ」
「は、はあ、めんこい?」
寿馬さんが指差す先には、手を振ってお辞儀をした少し丸みのある女性が立っていた。
「山内海斗様ですね。お待ちしておりました。寿馬宇村へようこそおいでくださいました」
相変わらず寿馬さんに支えられながら、女性の前へと歩み出て、頭を下げる。
「は、はあ。これから1週間お世話になります」
「はい。よろしくお願いします。自己紹介がまだでしたね。私は寿馬宇村役場移住推進係の
「は、はあ」
それからは船着場の近くの乗合所の椅子に座らせてもらい、意識半分のまま、電話で聞いた内容と重複する内容をパンフレット付きで説明を受けた。
食費、光熱水費は自己負担だが、家賃代は無料だ。そして、簡単な島の地図で生活に必要な商店の場所などの場所を教えてくれる。
「山内様大丈夫ですか?」
「船に乗ったのが初めてで、こんなにも船酔いが壮絶とは思いませんでした」
「私もはじめての時は気持ち悪くて大変でしたよ。この村は中学校まではあるのですが、高校は本土にしかないもので」
江角さんは当時の事を思い出したのか、顔を俯けてため息をついている。
そして、手をポンと打つと何かを思い出したのか、バッグからA4サイズの紙を取り出して、目の前のテーブルに置いた。
「申し訳ありません。1週間村に滞在するにあたっての同意書になります。こちらにサインをお願いします」
俺は意識半分だ。とてもじゃないけど、同意する内容の注意書を読む余裕はない。
指で差されたサインをする場所にただ名前を書いた。
同意書のコピーをもらい、目を通すまでには随分と時間がかかり、その内容をこの異常な島の実態を目にするまで、知る事はなかった。
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