第29話 居候少女のヒミツ

 ママが帰ってから一時間が経とうとしていた頃、


「翔太郎~っ。ちょっといい~?」

「いいけど。どうしたの?」

「いいから、いいから♪」

「?」


 翔太郎くんは奈津子さんに連れられて、二階にある奈津子さんの部屋へと向かった。

 聞いたところによると、奈津子さんが仕事に使う資料をなくしたらしい。それも、とても大事なものらしく、奈津子さんが珍しく焦っている姿を見せていた。

 ちなみに私は、いつもと変わらず夕食で使った皿を洗っている。

こんな平凡な時間が終わっていたかもしれないと思うと、


(もし、あのとき……翔太郎くんが声を上げてくれなかったら……)


 ふと湧き出た感情を、頭を振って追い払う。


(解決したのだから、この話はここまでのはずなのに…………はぁ)


 と心の中でため息を漏らしている間も、洗う皿の数は確実に減っていった。


 ……。

 …………。

 ………………。


「ふぅ……」


 皿を洗い終えた私は、身に着けていたエプロンを脱いでイスの背もたれにかけた。


(そういえば、二人とも降りてきませんね……。まだ探し物の途中なのでしょうか?)


 手伝いに行きたい気持ちはあるけれど。頭も体もクタクタで、足が自然とソファーに向いた。


(っ……少しだけ……)


 ソファーの誘惑に負けて横になると、


「ふわぁぁぁ……」


 気が抜けた声が漏れたのと同時に、まぶたが段々と重くなる。そして、


「……すぅ……」


 私の意識は…――。




 ――それから十分。


「ほんと、見つかってよかったよ。今度からはなくさないように気を付けてよ?」

「はぁ~い!」


 母親の元気な返事を耳にしながら、階段を下りた僕はリビングへと戻って来た。

 資料はすぐに見つかったのだけど。さらに別の資料が必要だということで、予想以上に時間がかかった。


「……って、あれ? 先輩?」


 リビングを見渡しても、姿がどこにもなかった。


「――すぅ……」


 ……ん?


「先輩? …………あ」


 僕が見つけたのは、ソファーに横になって眠っている先輩だった。

 気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている様子を見ていると、なぜかこっちまで眠たくなってくる。


 すると、横にいた母さんがその寝顔を覗きながら、優しい声で囁いた。


「今日はよく頑張ったもんねっ、彩音ちゃん……っ♪」


 僕がコクリと頷くと、母さんは優しい笑みを浮かべた。


「晴美を説得しているときの翔太郎は、とってもカッコよかったよ?♪」

「そ、そうかな……?」


 まぁ褒められて嬉しかったのは事実なので、素直に受け取るとしよう。


「うんっ♪ 翔太郎の頭の中は彩音ちゃんのことでいっぱいだったもんねぇ~♪」

「…………ッ!?」


 咄嗟に顔を覗いたが、先輩はかわいい寝息を立てながら眠っている。


(はぁ~……よかった……)


 もし聞かれていたら、なりふり構わず部屋に逃げ込んでいただろう。


「あははははっ♪」

「なにがそんなに楽しいの……はぁ」


 それから、ウキウキした様子の母さんは資料をカバンに入れると、帰りの身支度を済ませた。


「じゃあ、私も帰るから!」

「え? もう帰るの? どうせなら泊っていけばいいのに」

「う~ん……ほんとは、そうしたいところなんだけどー。まだ仕事があるから戻らないと」

「そっか……あ、あのさっ」

「ん~?」


 僕が呼び止めると、扉の方に向けた体をこっちに向けた。


 ……聞くなら、今しかない。先輩も眠っているみたいだし……。


「母さんは……知っているはずだよね? ………………先輩のヒミツ」


 そう。僕はこれを聞きたかったのだ。

 結局、晴美さんから教えてもらうこともできなかったし、先輩から直接聞くのも気まずくなりそうだし。

 そんな中、ふと頭に浮かんだ人物が、母さんだった。

 母さんなら、詳しい事情を知っていると思ったのだ。


「どうして、翔太郎がそんなこと気になるの?」


 と言ったときの母さんの目は、いつもとは違って真剣そのものだった。


「そ、それは……っ」

「あのねっ。人のヒミツを知るということは、その人の抱えているものを一緒に受け止めるのと同じことなんだよ? 翔太郎に、それができる?」

「っ……正直……自分でも、よくわからない……」


 確かに、自分が抱えているヒミツを他人に教えることは、たとえ相手が血のつながっている家族だとしても難しい。


「……で、でも」


 俯かせていた顔を上げると、母さんが真っすぐな目でこっちを見ていた。


 まるで、僕がヒミツを知るのに値するか見定めているような……。


「一つ聞いてもいい?」

「? 別に、いいけど……」


 すると、一瞬チラッと先輩の方を見た母さんは、こっちを真っ直ぐ見つめながら言った。


「翔太郎にとって、彩音ちゃんは“なに”? どんな“存在”?」


 不思議と予測していた…………その質問。


「ぼ、僕にとって……先輩は…――」


 返答をしようとした、そのとき。


「……ふふっ」

「……? 母さん?」

「ふふっ。翔太郎の気持ちはよくわかったわ。……でもね」


 母さんは一度頷くと、ゆっくりと僕の肩に手を置いた。


「これに関しては、彩音ちゃんが自分から話すまで待った方がいいと思う」

「母さん……」

「翔太郎も、そうおもうでしょ?」

「……うん。わかったよ」


 僕がコクリと頷くと、ゆっくりと手を離した。


「おっと、もうこんな時間っ!」


 急にわざとらしく声を上げた母さんは、眠っている先輩の耳元でなにかを囁くと、リビングを出て行った。

 僕は慌ててその後に付いて行き、廊下を進む。


「ねぇ、さっきなに言ったの?」

「ん? んん~~~ナ・イ・ショ♡」

「………………」

「あははははっ♪」

「…………はぁ」


 廊下を通って玄関に来ると、


「彩音ちゃんの言う事をよく聞くことっ!」

「言われなくてもわかってるよ。母さんも、体には気を付けてよ?」

「翔太郎もねっ。じゃあ、行ってきます♪」

「行ってらっしゃい」


 最後に僕の顔を見た母さんは、満面の笑みで出かけて行った。




 数分前――。


 二人が廊下の奥に消えていくのを音で確認してから、私はゆっくりと体を起こした。


「…………っ」


 私の頭の中は、嬉しさと戸惑いの二つがぐるぐると混ざり合っていて……。


(っ……こんなことなら……“寝たふり”なんてするんじゃなかった……っ)


 リビングの扉の開く音で目を覚ましたのだけど。二人の話が気になって、つい聞き耳を立ててしまったのだった。


「それにしても……」


 奈津子さんが耳元で言った、あの言葉――。




『――翔太郎は知りたがっているよ? 彩音ちゃんのヒミツ――』




 あの声のトーンから察するに、奈津子さんは私が起きていることに気付いていたんだ。


(……ほんと、奈津子さんは底が知れない人ですね)


 私は、顔を扉の方に向けた。まだ戻って来ない彼の顔を頭に思い浮かべながら……。


(翔太郎くん……)


 最近、なにか気になることがあるような素振りを見せていた理由が、やっとわかった。


「……このままでは、ダメ……ですね……」


 彼の気持ちを知ってしまった以上、こちらも覚悟を決めないといけない。


(……戻って来たら、ここでヒミツを打ち明ける……)


 言葉を並べるだけなら簡単だけど……。それではいけないと……心の中の自分が言っている。


 ――ガチャリ。


(うーん………………あ、これなら! ……いや、でも……うーん……)


 ふと頭に浮かんだシチュエーションの数々の中から、私が選んだのは……。


「――――…思い立ったが吉日、ですよね」

「え? なにが吉日なんですか?」


 ビクッと肩を震わせてから、ゆっくりと振り返ると、


「…………ッッッ!!!??? しょっ……翔太郎くん……ッ!?」


 どうやら気付かない内に、奈津子さんの見送りを終えてリビングに戻って来たようだ。


「どうしたんですか?」

「べ、別になんでも……ッ!? あは……あはははは……っ!!!」

「……?」


 誤魔化し笑いを浮かべているその心の内では、さっきまでの迷いがきれいに消え去っていた――。




「ふわぁぁぁ……」


 歯磨きを終えて部屋に戻った僕は、部屋の電気を消してベッドに寝転がった。


「ふぅ……」


 枕元に置いてある時計の針は、深夜の一時を指している。いつもなら、もっと遅い時間まで起きているのだけど。今日に限っては色々なことがありすぎて、頭と体が睡眠を求めていたのだ。


(それにしても……“あのとき”の先輩の顔は……まさか……ねぇ……)


 一瞬、母さんとの話を聞かれたのかと思ったが、話しかける勇気を持てないまま、今に至る。まあ。先輩が足早にリビングを出て行ってしまったから、話しかけられなかったのだけど。


「………………」


 暗くなった天井をぼーっと見つめながら、今日あったことを振り返ってみても、親子の問題に口を挟んだ行為は、あまりよくはなかっただろう。

 まぁ、結果的に先輩がここにいられるようになったのだから、よしとしよう。


(……それにしても)




 ――結局、先輩のヒミツってなんだろう?




 母さんとの話の後も、この疑問がずっと頭の中に残っている。

 先輩から直接教えてもらうまで、待っていようと思ったけど。


(どうしても気になる……。このままじゃ、夜寝られなくなるぞ……)


 と思いつつも、さっき欠伸あくびをこぼすという……。


(……今日はもう寝て、明日考えよう。うん、その方が――)


 目を瞑ろうとした、そのとき、扉の方からコンコンとノックする音がした。


「……んっ?」

「翔太郎くん……っ。起きていますか……?」


 先輩……?


「は、はい。起きてますけど」


 僕は、返事をしながらベッドから起き上がる。

 先輩を廊下に待たせておくわけにもいかないので、扉に近付きながら声をかけた。


「今開けるんで待って――」

「――い、いえ……っ! できれば、今はこのままでお願いします……っ」

「そ、そうですか。……?」


 頭の上にはてなマークを浮かべつつ、扉の前で立ち止まった。

 なにか大事なことかと思い、固唾を呑んで返事を待っていると、


「あの……翔太郎くん……」

「は……はい……」


 ドキッ……ドキッ……。


 告白されるわけでもないのに、これでもかと言わんばかりに胸が鳴っている。


「私……翔太郎くんに、お話ししなければならないことがあるんです……」


 扉越しで顔は見えないというのに、緊張感がヒリヒリと伝わってくる。


 ……ゴクリ。


「……いいですよ。話してください」


 覚悟は決まった。


「じ、実は……さっき、聞いてしまったんです!! リビングでの……翔太郎くんと奈津子さんの会話を……」

「え――――…ッ!!?」


 聞かれていた!? あのときのことを……ッ!?


「翔太郎くん……翔太郎くんが…――」


 扉越しでもはっきりと聞こえる声で、先輩は言った。




「――――私のヒミツを知りたいって本当ですか?」




「………………………………………………………………………………」




 口の中の唾を飲み込む音が聞かれるかもしれないほどに、扉を挟んでしーんっとした空気が流れていた。


「……まさか、聞かれているとは思っていなかったです……」

「ご、ごめんなさい……」


 扉越しから耳に入ってくる、どこか切なさを感じさせる声。


(先輩……)


 勇気を出してくれた先輩に対して、僕が伝えることは一つしかない。


「あの……えっと……ぼ、僕は……」


 ドクッ……ドクッ……。


「…………知りたいです、先輩のこと……」


 これが、僕の嘘偽りのない素直な気持ちだ。


「……それを知って、幻滅しないでくださいね……?」

「知ったからといって、幻滅なんてしません」

「本当……ですか?」

「はいっ。だから――」


 そのとき、荒らしく扉が開いた。




「え」




 気付いたときには、飛び込んできた先輩によって……ベッドに押し倒された。

 幸い、倒れた先がベッドだったため、怪我することはなかったのだけど。


「先輩……大丈夫で…――」


 視線を下ろすと、先輩はなにも言わずに腕を僕の首に回した。


「!!? せ、先輩……ッ!?」


 密着することで感じる胸の弾力に……思わずドキッとしてしまう。


 ――おっ、大きい……って、今はそんなことを考えている場合じゃない……っ!!!


「………………」

「先輩……?」


 先輩がゆっくりと腕を離すと、窓のカーテンの隙間から照らされる月の光によって、その姿が露わになる。


「翔太郎くん……っ」

「え……」


 目の前の光景に、僕は口をポカーンッと開けることしかできなかった。




「これが本当の…………私だよ…………」




 と囁く先輩は、露出度の高い“制服”を身に纏っていたのだけど。


「え、ええぇ……? せ、先輩……その恰好は……」


 シャツの合わせからチラリと見える胸の谷間。

 下着がギリギリ見えない短めのスカート。

 所々に散りばめられた派手なアクセサリー。

 パッと見て目立つメイク。

 ウェーブに巻かれた黒髪をリボンで束ねたポニーテール。


「………………」


 今、目の前にいる先輩を一言で表すとすれば――。




 ――――――――――――“ギャル”だった。




「ほっ、本当は……金髪にしたかったんだけど……時間がなかったから……」


 頬を赤らめながら話すその姿に見惚れていると、先輩がそっと呟く。


「幻滅……した……?」

「!? い、いえ……そんなことは……」

「そっか。よかった……っ」

「…………ッ!!?」


 本当は、先輩の今の恰好について色々と聞きたいところだけど。

 どうやら、それはできそうにないらしい。

 理由は至ってシンプルで……普段とのギャップに驚き過ぎて、うまく言葉が出てこなかったのだ。


「えっと……翔太郎くんは私のこの格好を見て……どう思う?」


 と言われてもう一度、今の格好に注目したのだけど。


(なんて言えば……)


 さっき言った通り、咄嗟に言葉が出てこないのだ。


 ……ゴクリ。


 体中からだじゅうの毛穴からとめどなく汗が噴き出てくるような……そんな緊張感がこの部屋に漂っていた。


 ………………。


 言葉選びを間違えてはいけないというプレッシャー。

それは、じーっと見つめられていることにより、さらに増していった。


「えぇぇぇーっと……」


 なんとか絞りだした精一杯の言葉を、たどたどしい口調で伝えた。


「どうって言われましても…………と、とても似合っていて…………可愛いと思います……っ」

「え……っ」


 予想外だったのか、その小さな口をポカーンッと開けている。

 月の光に照らされて、ピンクのリップが塗られた唇がキラキラと輝いていた。

 すると、一度閉じた口を再度開けて言った。


「翔太郎くん……。これから少し、私の話を聞いてもらってもいいですか?」

「話……?」

「……はい」


 先輩は、真っすぐな瞳で僕を見つめてくる。


「っ……わかりました。聞かせてください……っ」


 これから聞く話は、先輩のヒミツに関わっていることだ。


(ついに……それを知れると思うと……)


 ――ドキッドキッ。


 高鳴る鼓動を抑えながら、そのときを待った。そして、


「――わ、私が……」


 先輩は…………ゆっくりと、一言一句に意識を集中して、話を始めた。




「……ギャルになったのは……中学に上がってからのことなんです。こう見えて私、小学生の頃は、クラスで一番の優等生だったんですよ?」

「ま、まあ……そうでしょうね……」


 先輩に対しての印象がまさに、そのイメージなのだから。


 ……聞いてくるということは、もしかして、違うのか……?


「あのときは苦労しましたよ……。ママが有名人だから……いつも注目されて……」

「そ、そうなんですか?」

「……うん。周りの期待に答えるために……勉強も……料理も……一生懸命に頑張ったんだけど……」


 どこか遠くを見ながら、先輩は話を続けた。


「……でも。どれだけ頑張っても…………“妹”には勝てなかった……」


 ………………ん?


「え? 先輩……妹さんがいたんですか?」


 これまた、予想外な情報が手に入った。


「あれ? まだ言ってなかったですか?」

「はい……初耳です……」

「私の二つ下の妹で、名前はあかり…………“一条あかり”です」

「一条……あかり……」


 あれ……? その名前……。


「? どうしたのですか?」

「い、いえ、なんでも……。あっ、続けてください」

「そうですか? では…――」


 うーん……どこかで聞いたことあるような……ないような……。


「私と違って……妹は、可愛い上に勉強ができるので……近所ではちょっとした有名人なんです」


 悲しいというより、どこか自慢げに話すその様子に……少し違和感を覚えた。


「そんな妹を、ママはいつも褒めていました。私は……それが悔しかった。いくら頑張っても、褒めてもらえなかったんですから……」

「………………」


 ……こんなとき、気の利いた言葉の一つでもかけられればよかったのかもしれないけど。

 僕は、そんな器用な人間じゃない。

 そんな、どうすればいいのかを考えるのに必死な僕に出来ることと言えば、今、目の前にいる彼女の言葉に、ただ耳を傾けること。ただ、それだけだった。


「私に振り向いて欲しい……そう思い続けていたときに出会ったのが……」

「今の……その格好ということですか?」

「…………はい」

「振り向いてもらう……ために……?」


 この問いかけに、先輩はコクリと頷く。


「雑誌を見ながらメイクを覚えたり、アクセサリーを集めたり、時々口調を変えてみたり……いろいろとやっていましたね」

「へ、へぇー……」

「今思えば、嫉妬……だったんだと思います。自分のことを見てもらえない悔しさから出た……」

「先輩……」


 ……。

 …………。

 ………………。


 その後。

 先輩の話を聞いていくと、いつもはおとなしかった少女がいきなりギャルになったものだから、周りの人たちは驚いたと同時に自然と避けるようになったらしい。

 本当は、母親に振り向いてもらうために始めたことが、自分を孤立させる結果になってしまったという。

 先輩曰く、高校に入ってからも、目を合わせてくれる人はほとんどいなかったらしい。なんとも報われない話だ。


 そんなことを考えていると、先輩が「ふっ」と笑みを浮かべてからポンッと手を叩いた。


「はいっ。これで話はおしまいです。少しは私のこと、わかってくれましたか?」


 ………………。


「……ほんの少しだけ、わかった気がします。先輩のこと……」

「そうですか……ならよかったです……」


 と優しい声色で呟くと、先輩はゆっくりと僕の上に覆い被さった。


「え」


 さっきとは違い、今度はお互いの身体が密着する形だった。


「せ、先輩……?」

「………………」


 声をかけても、しがみ付いたまま離れようとしない。


(急にどうしたんだろう……)


 突然のことに、僕は、ただ動揺するしかなかった。


「………………」

「………………」


 身動きが取れない状況が続いていると、無言だった先輩が耳元でそっと口を開き――


「――――…私がここに来たのには、別の理由があるんです」

「別の理由……?」


 なんだ……? 『別の理由』って……?


「実は、どうしても確認しておきたかったことがあって……」

「なにを……ですか?」


 と恐る恐る尋ねると、じっとこっちを見つめながら言った。


「こんな“あたし”でも……ここに……いていいのかを……」

「……え? それは晴美さんとの話し合いで――」

「わ、わかっています……っ!! でも……それは私自身の力ではなく、翔太郎くんの言葉と奈津子さんの助言があったからで……っ」

「そんなことはないと思いますけど……」

「………………」


 僕は、先輩からの視線を外さず、今の思いを伝えた。


「僕には……あなたが必要です。他の誰でもない、あなたが」

「…………っ!!」

「先輩には、この家にいてもらわないと困るんです。僕……料理作れませんし……」

「で……でも、これからもっと色々な迷惑をかけるかもしれませんよ?」

「わかっています。だから……もう泣かないでください」


 僕が言うと、先輩は流れる涙を指ですくった。


「ありがとう……翔太郎くん」


 その言葉が聞けただけで、頑張った甲斐がある。


「翔太郎くんは、優しいんだね」

「い、いえ、そんなことは…………っ」


 気まずい顔を横に向けると、彩音がその様子をじーっと見つめていた。


「どうしたのですか……?」

「えっと……先輩……」

「?」

「そ、その……」


 先輩が困惑した顔で覗いてくる。

 僕は、言っていいのか迷ったが、これ以上は自分の理性を制御できないと思い、恐る恐る…………言った。


「む、胸が……」

「え? ……胸? 胸がどうし…………ッッッ!!!!!?????」


 先輩は、慌てて僕から離れると、胸を抱くように腕を前で組んだ。


「……えっち」

「ッ!? あの……ご、ごめんなさい……?」

「き、聞かないでください……っ!!」


 そう言ってそっぽを向かれてしまった。


「えっと……あはははは……」


 目の保養になりますっ! なんて、口が裂けても言えない。

 万が一、それを言おうものなら、怒って口を聞いてくれなくなると予想できるからだ。


「……翔太郎くん」

「は、はい……」


 ぎこちない動きで顔を上げると、ベッドの上で正座をした先輩が背筋をピンッと伸ばした。


「これからも、よろしくお願いします」


 そう言ってゆっくりと頭を下げてきたことにびっくりしたが、こっちも慌てて同じように頭を下げた。


「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします……っ!」


 微笑ましい空気が漂っているというのに、ベッドの上でお互いに正座をするという、なんとも不思議な光景が生まれていた。

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