第5話 初めての……ドキッ

 次の日の朝。


「翔太郎くん、このお皿を」

「はいっ」


 朝食で使った皿やコップを洗っていると、家を出る時間が近づいてきた。


(はぁ……)


 僕には、つくづく思うことがある。

 それは、どうして学校は、朝早くから始まるのかということについてだ。

 朝、きちんと起きられる人ならいいけど。僕みたいに起きるのが苦手な人からすれば、登校時間がとても億劫に感じてしまう。


『ぐがぁあああああー……ッ』


 それに比べて、大学生の姉さんはずるい。今日だって、授業は昼からだと言ってまだ部屋で寝ている。

 レポート課題が嫌になるくらいたくさんあると前に言っていたけど。

 ずるいものは、ずるい!


 せめて、始まるのが九時か十時からなら、自分のペースで動けるのに……。


「――どう思いますか? 先輩」

「え? そうですねー。朝起きるのは苦手ではないので、特に気にしたことは……」

「いいなぁー」


 羨ましいにもほどがある。


「これでよしっと……。翔太郎くん、そろそろ家を出ないと遅刻します」

「は、はい……」


 先輩は、朝から元気だな……。


 少しでもいいから、その元気を分けてほしい。

 と心の中で呟いている間に、先輩はソファーに置いていたカバンを肩にかけた。


「あっ……先輩」

「はい、なんですか?」


 呼び止めると、リビングの扉に手をかけたままこっちに振り返る。


「も、もしかして……僕と一緒に行こうとしています?」

「? そうですけど。それがなにか?」

「………………」


 当たり前のことを聞いたわけじゃないんですけど……。どうしよう……。


「私と翔太郎くんが通っている学校は同じですよ? なら、一緒に行って問題はないはずです」

「それは……そうなんですけど……。でも一緒に行くのは、色々な意味でまずいと思うんです。だから、それぞれ時間を空けて行きませんか? あとそれから、学校で会うのも禁止です」

「……?」


 当の先輩はというと、『何言ってるのこの人?』みたいな顔でこっちを見ている。

 ……でも、わかってもらわないと困るんですっ!

 もし、学校の人に見られるようなことがあったら、永遠といじられることになる。だから、それだけはなんとしてでも避けなければならない。


 わかってください、先輩……っ!


「どうしてですか? 私は気にしませんよ?」

「先輩は気にならなくても、僕“が”気になるんです!」

「そう……ですか……」


 さっきまでの反応とは裏腹に、しょんぼりとした顔になってしまった。


(……困ったな)


 僕が、この状況をどうしようかと考えていると、


「……わかりました。今日だけは、時間を空けて行くことにします」


 わかってくれたんですね、先輩! 僕は、嬉しいです!


「……ん? ま、待ってください。今、『今日だけ』って言わなかったですか?」

「はい、言いましたけど?」

「………………」


 ここまでキョトンとした顔を……初めて見た気がする……。


 どうしてなのかは、わからないけど。


 この人には……かなわない気がした……。




 結局。先輩とは時間を空けて登校することに決まった。

 先輩的には、『今日だけ』と決めていたようだけど。

 そういうわけにはいかない。


 僕が通っている私立しりつ涼風すずかぜ高等学校は、県内ではちょっとした有名校だ。


 文武両道の普通科。

 難関大学合格を目指す特進科。

 大学のスポーツ推薦を主に目指すスポーツ科。


 この三つに分けられている。


 ちなみに、僕が普通科だということは、言うまでもない。

 特段、頭がいいわけでもなく、単純に家から大体十五分の距離にあるという理由だけで決めた。


「はぁ……」


 教室の扉の前でため息を吐いてから中に入ると、真っ先に自分の席に向かった。

 そして、無事に席に座ると、何気なく周りを見渡した。


「昨日のドラマ見たっ!?」

「見た見たっ! まさかあんな展開が――」


 クラスメートたちがそれぞれのグループに分かれて、色々な世間せけんばなしをしていた。


(……楽しそうでなによりだ)


 会話にも入らず、イヤホンも付けず、ただその話を聞きながら一限目の用意をするという、なんとも言えない状況……。


 所謂、スクールカーストというやつだ。


 教室の中で、大声で喋っているのが上位グループ。

 誰とでも話ができて友達が多いイメージの中位グループ。

 オタクなどの人たちが一括ひとくくりにされた下位グループ。


 といった三つの層に分けられる。

 この層は目に見えるものではなく、生徒一人一人の意識に植え付けられている。


 ちなみに、僕はというと……もちろん、下位にいる。

 高校に入ってからの一週間、最低限の会話しかしなかったのだ。当たり前の結果と言えよう。


 別に……落ち込んでいるわけでは……ない……。


 そんな言葉を頭に並べながら、予鈴が鳴るのをじっと待った――。




 何事もなく四限目が終わり、昼休みの時間が始まった。

 僕は、いつも通り購買でパンを買おうと思い、教室を出た。


(帰ったらなにしようかな……)


 そんなことをぼーっと考えているうちに、一階にある購買へとやってきた。


 この学校の購買のラインナップは豊富で、毎日食べるパンの種類を変えている。

 ゆっくり決めたいところだが、レジがバーゲンセール並みにごった返しているので、じっくり吟味ぎんみするのはまた今度だ。


(うぅーん……)


 今日はなにを食べようか考えていると、レジの方に見知った顔があった。


「あっ……」


 ――――…先輩も一人か。


 僕は、先輩が一人で購買にいるのが意外だと思った。

 どうして、ここにいるのかと考えたが……そういえば、昼食はなにも用意していなかったことに気づいた。

 どうりで、ここにパンを買いに来たわけだ。


 先輩は……なにを買ったんだろう……って、


「…………っ!?」


 パンを買い終えた先輩と思いっ切り目が合った。

 すると、先輩は僕の方に近づいて来ると、すれ違いざまに、




「今日の夕食は、ハンバーグにチャレンジしようと思っていますので、食べてくださいね」




 と耳元で囁いて、階段の方に去っていった。


「………………」


 僕は、その後ろ姿を、廊下の真ん中でぼーっと見つめていたのだった……。

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